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魔王城の一室の前。廊下に用意された椅子に、その男は腰掛けていた。
周囲を見回し、時折立ち上がっては座る事を繰り返し。
明らかに落ち着きのない、そわそわとした様子で。

「行綱さん、たいしょーなら大丈夫ですってー」
「……ああ、分かっている」

付き添いで横に座る妻の友人、刑部狸の彩にそう返すものの……扉の奥から妻の苦しそうな声が聞こえてくる度、腰が浮いてしまう。
アゼレアと行綱は魔王城へと里帰りを行っていた。

アゼレアの、出産の為だ。

より安定した環境で万全を期す為。フラヴィリエの建国の最中という多忙を極める中、快く送り出してくれた他の妻達には感謝の言葉もない。
それに――自分達の娘は、即ち魔王第七十王女の娘。つまりは魔王陛下の孫でもある。
当初はアゼレアを励ます為に共に分娩室に入っていた行綱だが、彼女がいきむ度に取り乱してしまう為、部屋から追い出されてしまったのだ。

「…………」

部屋の中から彼女が必死に戦っている声が聞こえる度、胸が締め付けられるような思いになる。
せめてその痛みを、肩代わり出来ればと思うのに。
自分にはこうして、ただ無事に産まれてくれる事を祈る事しか出来ない。
そうして、二時間が過ぎた。

「――――――!」

聞えた。
赤ん坊の、泣き声が。アゼレアを労うような、医者達の声が。
扉が空くまでの数分が、永遠にすら思えた。

「行綱さん、産まれましたよ!元気なサキュバスの子です!」

開かれた部屋の中へ、医者達に導かれる。
その奥では――まだ額に汗を残し、髪をほつれさせた妻が。
まだ泣き止まぬ我が子を抱き、聖女のように微笑んでいた。

「行綱、産まれたぞ。……妾と、お前の子じゃ」
「あ……あ…………」
「ふふ、何という顔をしておる」

そこまで憔悴した顔をしていたのだろうか。
ふらふらと、ベッドの傍へ歩みを進める。

「ほら。抱っこしてあげて下さい、お父さん」

看護師から、産着にくるまれた我が子を受け取った。
小さくて、儚くて、軽くて。
だが――確かに息づいている、鼓動を感じる。

「う、あ………………!」

ああ。ああ。
ぼろぼろと、涙が零れる。

「あり、がとう……ありがとう…………っ!」

自分の子供を産んでくれて。
自分を父親にしてくれて。
あの日――自分と、出会ってくれて。

何度も何度もありがとうと繰り返しながら。手の中の温もりを取りこぼさぬよう、必死に抱き留めながら。
行綱はくしゃくしゃに顔を歪め、男泣きに泣いた。

ありがとう。
本当に、ありがとう。








「――アゼレア」







21/10/04 21:42更新 / オレンジ
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