幼女の街の幼女と怪人

「そ、そんな……!!」
「ひどい、誰がこんな事を……!?」
「くそっ、こんな事が許されてよいのか……!?」

人々が一日の仕事を終え、大勢が買い出しの為に市場に足を延ばす時間。本来ならば、笑顔と心温まる会話で満たされているはずのその空間は、今や悲鳴と嗚咽の声に満ちていた。

「仕方ないでしょう、今日はピーマンとほうれん草が凄く安いんだから。好き嫌いする子は素敵なお兄ちゃんを見つけられないわよ?」
「サバトにも予算というものがあるんです。 いい加減人参ぐらいは食べられるようになって下さい」

――主に、幼い魔物達。そしてフェアリーにゴブリンなど、いわゆるサバトに縁のありそうな魔物達の。
そう、市場のどの店もピーマン、ほうれん草ににんじんといった……いわゆる幼女が苦手とするような食品ばかりが、価格破壊とも言えるような値段で売られているのだ。
逆に、どういった訳なのか。それ以外の食品はいつもよりも割高になってしまっている。
となれば、家計を預かる者達が選択する行動は一つ。

「今晩はこれで炒め物にしましょう」
「いやぁぁぁ……っ!!?」
「せめて、せめてシチューに……!!」

それらを使った料理を、夕食のメインディッシュにすること。
幼女達の至福の時間である晩ごはんが、自分の苦手な食材で埋め尽くされるのだ。彼女が絶望するには、それだけで十分過ぎたと言えるだろう。

だが、悪夢はそれだけでは終わらなかった。

「ねぇママ何でそんなにいっぱい買うの!?また使いきる前に腐らせてパパに呆れられちゃうよ!?」
「えー、だって安いし……」

そう、買い溜めである。

店頭価格とは、基本的に需要と供給のラインがクロスした場所によって決められるもの。しかし、野菜の需要量が何のイベントもなく数日で激変したとは考えにくい。即ち、商品の在庫はそれこそ腐る程あるのだろう。
自分たちとは別の家庭が、全ての嫌いなお野菜を買い占めてくれないかと祈るものの。商品は棚が薄くなるたびに、次から次へと補充されてゆく。
せっせと店の奥から商品を補充する、いつも飴をくれる優しい店員のお姉さん達が、今日ばかりは反サバト派の手先にすら見えてしまうのだった。
ともかく、もはやこれは一日や二日で消費しきれる量ではない。
幼女達は明日からの食卓を想像し、もはや声を上げる気力さえ奪われ……方々で滂沱の涙を流しながら地面に倒れ伏していた。

「ふはっ、フハハハハハッ……!!」

そんな幼女達の頭上に、胡散臭い哄笑が響き渡った。
その声に聞き覚えのある幼女達が、ハッと顔を上げる。

――まさか、また『ヤツ』が……!?

「いた!あそこよ!」

とあるサキュバス(幼女)が指差したのは、市場中央の時計台、その頂点。
そこにいたのは。

「怪人、ロリコーン……っ!」

月光に輝く金髪。背にはマントをなびかせ、目元を白いマスクで隠した正装の男。
ステッキを手に持ち、背筋を伸ばした姿はさながら舞踏会に向かう貴族のようだが……幼女達から向けられる視線は憧れのそれではなく、敵意の籠った涙目のものである。
男は芝居がかった動作でマントを翻し、よく通る声で幼女達に語りかける。

「やあやあ、ご機嫌如何かな我が愛しの幼女達よ!喜ぶといい、君達は一週間もしないうちに、好き嫌いのない模範的健康幼女になることができるのだ……!」
「やっぱりお前の仕業だったのか……!」
「どうしていっつもあたしたちにいじわるするの!?」

アマゾネス(幼女)やミノタウロス(幼女)といった、血気盛んな幼女達が怪人に喰ってかかる。
自らを怪人ロリコーンと名乗る彼は、遡る事数か月前に突如としてこの町に現れ、今回のような幼女たちへの許しがたい行為を繰り返しているのだった。

「どうして、だと……?私は君達幼女を愛している。好きな相手には意地悪をしたくなるものだという事を知らないのかね!?」
「っ、なんて、はた迷惑な……!」

そのような理由で、私たちはこれ程までに酷い仕打ちを受けなければならないのか。幼女達は怪人が覗かせたあまりの狂気に、その未成熟な身体を震え上がらせる。
さらに、この怪人が真に恐ろしいのは。

「あら、怪人ロリコーンさん。どうやってかは知りませんが、いつもお野菜を安くして頂いてありがとうございます」
「うむ、お前という仮想敵のお蔭で、わが娘も立派な戦士に育っている。礼を言うぞ」
「フハハ、礼には及ばん!幼女達が健やかに、かつ元気でいる事こそが、私の幸せなのだから……!」

何故か母親や家計を預かる立場の者からは、非常に好印象を持たれているのだ……!
幼女達が頼るべき最後の砦が、既に敵に懐柔されている。これに勝る絶望があるだろうか?
ロリコーンは勝利の哄笑を響かせながら、絶望に打ちひしがれた幼女達の顔を眺める。
笑っている
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