狐憑の儀

ゆらめく蝋燭の火が、本殿の闇の中に浮かんでいる。
本来ならば人が立ち入る事は許されていないその場所に、その少女は巫女装束を纏った姿で座っていた。
ぴっと伸ばした背筋。腰まで届く艶やかな黒髪は眉毛の高さで切り揃えられ、その姿と相まって清楚な印象を与える。
ただ、薄暗闇の中、仄かに照らされた――熱に浮かされたかのごとく、上気したその顔を除けば。

「お待たせしました、準備はいいですか?」

そしてぼんやりと浮かび上がるもう一人のシルエット。
この人物も同じく巫女装束を着用しているが、その黄金色の体毛に包まれた一対の狐耳と、9本の柔らかそうな尻尾が――彼女は人間では無いことを物語っていた。

「っ、はい……」
「今まで良く頑張りましたね。儀式は今日で最後となります」

ここに入るのはいつ以来だろう。かれこれ十年以上は前の話になってしまうだろうか。
彼女の手によって保存の呪術をかけられているその場所は埃の一つもなく。全てが最初に足を踏み入れた時のまま。

自分が初夜を迎えた、その時の事をつい思い出してしまい――しかし目の前の少女を見て、思い出に浸っている場合ではないと思い直す。
赤く染まり息も心なしか乱れてはいるが。しかしその瞳には、僅かばかりの不安の色が混ざっている。

それはそうだろう。いくら自らが望んだ事とはいえ、それは彼女の人生の中で初めての体験で、そして決して後戻り出来ないものなのだから。

この本殿に、人間が立ち入る。
それが意味する事は、ただ一つ。

「――では、これより『狐憑の儀』を始めます」

彼女は今から、人間を辞める。






―――――――――――――――――――――





「っ、百恵、さまぁ……」

仄かに朱の差した肌を伝い、百恵の白い手が装束の中へと滑り込む。
右手は襦袢、左手は緋袴の中へ。
ゆっくりと二の腕や太股を撫でられ、仄かに汗ばんだ生娘の肌がびくりと震える。
触れるか触れないかの刺激にも敏感に反応し、頬を染める初々しい反応を見せる少女に、思わず笑みが浮かぶ。
貞淑であると言う事。それは自分が力を授ける為の大前提。

「舞、今日も札はきちんとつけていましたか?」

だが、それだけでは十全ではない。
大事なのは、これから与える物に支配されない事。
自分の眷属となった後も自己を保ち続け、その魔力と本能を理性で制御し、その全てをいずれ現れる運命の男性へと注ぐ事。
それを実現させる強靭な精神力を持つ事が、稲荷である自分が人間を狐憑きに変えるために提示する条件。

その訓練として。その試験として。
また、より自身の魔力が馴染むようにするための下準備として。
百恵は舞に、『ある事』を義務づけていた。

「っ、はい………」

問いかけの間も休むことなく緩やかな刺激を与え続けてくる百恵の手に身を捩りながら、自身の袴の帯を解く。
さらに百恵の手がするりと紅白の衣装をはだけさせると、薄暗闇の中に舞の裸体が露わになった。

いや、正確には完全な裸体ではない、衣装は半分だけ脱げた状態で舞の手足に纏わりついており。本来その衣装が持つイメージである純潔とは真逆のその姿が、倒錯的な色香を醸し出している。

そして、平均的な大きさの両胸の先端と、毛の一本も生えていない秘所は――ぺったりと小さめの札が張られ、それによって隠されていた。

「ふふ、偉いですよ。舞」

この札は狐憑の儀を行うにあたり、対象となる人間を稲荷の眷属に相応しいものに仕上げる為に作られたものである。

札には微量ながら九尾の稲荷たる百恵の魔力が込められており、その魔力は快楽という形で、力も時間も不規則的に対象の人間へと注ぎ込まれる。
狐憑の儀を受ける者はそれを付けたまま巫女としての務めをこなし、生活しなければならない。

しかも稲荷の魔力がその身体に馴染む毎に、巫女が感じる快感は強力なものとなってゆく。
この儀式を受ける者は、いつ襲ってくるかも分からない、日々強くなり続ける、暴力的なまでの快感に耐えながら――日々を淑女として振る舞い続けるのだ。勿論、それは生半可な苦行ではない。

「初めて札をつけた時は、丸一日まともに動けませんでしたっけ。……ふふ、懐かしいですね」

妖怪の中でも特に魔力の制御に長けた九尾の稲荷が、僅かとはいえその力をただただ快楽を与える為に使うのだ。
ほとんどの人間が、その強烈な快感に耐えながら生活する事を無理だと判断し、初日を終える事すら叶わずに狐憑きへと至る道を閉ざしてきた。
それは恥ずべき事ではない。むしろ、稲荷と同等の精神力を持つに至る――舞のような個体の方が、突然変異とも言うべき行幸なのだから。

「ももえ、さまぁ……っ」

いや、それはあまりも失礼な言い分だったか。
目の前で、快楽と羞恥によって頬を紅潮させた……淫らな体とな
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