見渡す限りの白。白。白。
柔らかな雪が積もる道を青年は歩いていた。赤いマフラーと足元まである黒いコートを羽織ってはいるが、やはり寒さがこたえるようで時折マフラーに顔を埋めていた。
(孤児院出てから、もう3年か・・・)
肌を刺すような寒さに顔をしかめながらそのようなことを思う。3年の月日は一人旅に彼を慣れさせてくれたが、だからといって温もりが恋しくないわけではなかった。
街に寄った時に親子や恋仲の者を見ることもあったが、彼らのような者達を羨ましく思う反面、旅から旅への根無し草の自分には相応しくないという気持ちが根底にあったのだった。
(そのうち孤児院に寄ってみようかな・・・)
そして歩むを進めるのだった。
・・・ーン・・・ドーン・・・
ふと、青年の耳に謎の音が入ってきた。なんだろう、これは。よく似た音を聴いたことあるような。これは、確か。
銃声。
そう結論づけたときには彼は既に走り出していた。雪が靴に纏わり付くが、今は気にしていられなかった。
狩りで生計を立てている猟師という線も考えられないわけではない。しかし、撃ち出すための鉛弾は意外と高価で、殺傷能力と値段が釣り合わないため、多くの猟師は弓矢を扱うものだ。
そう、高価故にあまり使われないのだ。ならばそのような銃を好んで使うような者は誰か。答えは簡単である。金の有り余った貴族だ。
猟師は動物を殺し、その肉や毛皮を売ることで日々の糧を得る。そして自らに恵みを与えてくれる自然への感謝を忘れず、また必要以上に命を奪ったりしない。
だが金が十分過ぎる貴族は話が別だ。娯楽のために武具を扱い、一時の悦楽のためだけに動物達の命を奪う。そこに自然への感謝など微塵もなく、殺した動物はそれきり捨てられるのみだ。
青年はそれが許せなかった。たいしたことのない理由で命を奪われる、それが青年の中では憎むべき悪であった。
孤児院には村を襲撃されて肉親を失った者も数多くいた。それらを見てきたからこそ、青年は命というものに敏感になっていったのかもしれない。
「全く、手間を掛けさせてくれる」
頭から足元まで、帽子やらサングラスやらで肌が殆ど見えなくしている服装の男が、銃を担ぎながらたった今仕留めた獲物に近づいていく。
その先には一人の女性が苦虫を潰したような顔をして横たわっていた。
いや女性というには語弊があるだろうか。彼女の身体はところどころ雪のように白い獣毛に覆われていた。それどころかその腰からは獣毛と同じ色の尻尾が生えている。そして一際異彩を放つ頭頂の二つの三角形。彼女は「ワーウルフ」と呼ばれる魔物であった。
「アンタに恨みはないが諦めてくれ」
彼女は人間よりも高い身体能力を持つはずである。通常ならば男から逃げることなどたやすいことだ。
だがそれは、通常ならばだ。彼女の右足と左腕の白い毛皮を、鮮やかな赤が彩っている。それは血だ。見れば彼女の回りの雪に物騒な染みが出来ている。その数と面積から、決して出血は少なくないであろうことが伺える。
男は背負っている鞄から白い縄を取り出した。
「束縛(ホールド)」
それだけ唱えると、男はワーウルフに向けて縄を投げ付けた。投げられた縄は蛇のように宙を舞ながら対象を捕縛しようとする。
バシッ!
突然現れた青年に縄は弾かれ、雪の上に落ちる。その両手には緑色の槍が構えられていて、おそらくはそれで弾いたのだろう。
「なんだお前は?」
男は青年に問い掛ける。顔が隠れきっているのでどうかは分からないが、呆れたような口調からすると、怒っているわけではなさそうだ。
「銃声が聞こえたのが気になって。もし違ったら謝ります。彼女が何か仕出かしたんですか?」
青年は物おじすることなく問い返す。銃を持っていて顔を隠しているような人間は真っ当な奴ではないことが多いが、そこは冒険者ゆえの肝の太さでまっすぐに男を見据える。
ふむ、と短く相槌をうち、男は口を開いた。
「私は知らないな。貴族のどら息子が取っ捕まえてこいと言っていただけだ」
「じゃあ僕は貴方の邪魔をします」
男が言い終えるなり、間髪入れず青年が言う。
「何故そいつの肩をもつ?」
「理由としては二つ。彼女が何かしたわけでもないのにこのような目に会うのが、僕が許せない。依頼人が理由を伝えずに物事をさせるのは、限りなく黒い仕事を頼むときだろうからです。多分、趣味の悪い玩具とか慰み物にする気なんじゃないかと見受けられます」
話している間も、決して男から目を逸らさない。その瞳に迷いはなく、青年の強い意思を表しているかのようだ。
「私には関係ない。依頼とあらばこなすだけだ」
男は青年に向けて銃を向けると、躊躇いなくその引き金を引いた。
ドーン!
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