前編

「私ね、ライール君の事が好きなの…。」

「ほほう?…それはまた…面白い事を言うのだな….君は…。」

今、僕は学校の体育館裏で一人の女性に告白されている。今僕の目の前に立っている女性は正確には人間ではなくサキュバスという魔物である。名前はフローラと言って、僕と同じクラスではないが制服のリボンの色を見る限り同級生のようだ。
確かにここ、人魔共通の高等学校では人と魔物のカップルは珍しいわけでは無い。むしろ独り身よりもカップルの方が多いくらいである。今、僕がサキュバスに告白されているという状況はこの学校においては日常茶飯事の出来事であるのだ。

紹介が遅れてしまった。僕の名前はライール・ディ・シュバルツェン。誇り高きシュバルツェン家の一人息子で「紳士らしく」をモットーに日々を生きている。
しかし、僕は今、少し困惑している。何故ならば僕はこれまで女性に告白された経験が無いからだ。
僕は生まれてからずっと自分を磨き続けてきた。父上のような立派で素晴らしい紳士になる為に。ただひたすらに磨いてきた。勉学、スポーツ、作法、身だしなみ…など全てにおいて自分のベストを尽くし、その結果様々な成績を残すことが出来ているし、僕が考える理想の紳士像に一歩ずつ近づいている事だろう。
だが、たった今僕は気付かされた。僕はこれまで女性と交際はおろか友達にすらなったことが無かったのだ。
何たる不覚だ。こんなことになるとわかっていたならば、この時が来るまでに自宅の書斎に籠って女性の手ほどきについて一から勉強していたというのに…。今までの僕は女性に対してはまるで眼中になかった。女性に対して興味が無かったかと言われればウソになるが、今までの僕は完璧な紳士になるまできっと女性は僕の事を見向きもしないだろうと思って無意識的に逃げていたのかもしれない…。僕にこのような弱点があったとは…。実に、実に無念だ…。
しかし、僕は今目の前に立ちふさがるこの逆境に背を向け逃げるわけにはいかない。逃げ出したくなるような逆境の中においても背を向けず、勇気をもって立ち向かう。それでこそ紳―


「…あのー、ライール君?」

目の前にいる女性から不意に声をかけられて僕の意識は現実に引き戻された。

「っは!ああ、すまない、少し考え事をしていてね…。」

いかんいかん、少し考えすぎていたようだ。そのせいで彼女を少し困らせていたようだ…。
彼女に視線を戻すと、彼女は僕を心配した顔で覗き込んでいた。

「大丈夫?なんだか私が告白してから顔がずーっと上の空というか…。熱があるの?」

不安そうな顔を浮かべた彼女は僕と彼女の鼻がつくかつかないか絶妙な所まで顔を急に近づけてきた。急に動いたせいで彼女のなめらかでつやのある漆黒の髪がなびき、そこからふわりと香る彼女の髪の匂い。ラベンダーのように凛とした香りと砂糖菓子のような甘い香りが合わさったなんとも言葉では表せない香り。だが、とにかく人を夢中にさせるというか、惑わせるというかそんな危険な香りがしてなおさら困惑してしまう。心臓は早鐘のように鳴り、どんどん自分の視界が狭まっていっているのがわかる。このような事を冷静に考えている間、彼女はしびれを切らしたのか、こつんと優しく彼女の額を僕の額に当ててきたのだ。ただ単に額を当ててきただけであるというのに、僕はひどく混乱し慌ててしまう。


「熱は…無いみたいだね。健康そのもの。」

「あ、当たり前だっ…。し、紳士たたたる者、体調の一つや二つくらい…コントロールできなくては...。」


彼女が常に発している、女の子だから発せられるのか魔物だから発せられるのか結論付けられない謎の魔法にかかってしまった僕は、完全に緊張してしまい話す言葉もどこか上ずっていた。情けない姿だ。女性を前にしてこのような情けない態度しか取れないとは….。そんなみっともない僕の姿を見て彼女は笑っている。


「ふふふ、体調に一つも二つもないよ?体は一つだけなんだから、大事にしなきゃ。」

「確かに、そうだ…。体調に一つも二つも―」


僕の言葉を言い終わる前に彼女がいきなり僕の手を取り、頬を朱く染めて僕を見つめてきた。同時に目が合い、お互い無言になってしまう。少し時間が経った後彼女が先に切り出してきた。


「ライール君…。さっき私が言った事なんだけど、どうかな?」

「うぅ!?」


マズイぞこの状況は。僕が完璧な紳士であったならば彼女の愛をここで受け入れ、結婚を前提にした仲睦まじい交際をする事が出来るであろう。しかし、今の僕は完璧な紳士ではないのだ…。ここで己の本能に従ってしまっては後にきっと彼女を悲しませてしまい、お互いに傷つき、別れるという悲劇を招きかねない。しかし、ここで彼女の好意を無下にしてしまえば彼女を傷つける結果になるだろう。一体
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