心地よく吹く秋の風に自分は今当たっていた。もうすぐ冬が来ようとしており、それも今は肌寒い。何の変哲もない、ただの雑居ビルの屋上に自分は今立っている。同業者の周りの空気に耐えかねて仕事場を少し離れたかっただけだったのに気が付いたらこんな所まで来てしまっていたのだ。
またやってしまった。気を付けていれば絶対に失敗するような事じゃなかった。
あの日以来俺はまともに仕事ができていた記憶がない。どのような事をやっても何かしら失敗をしている。幸い最近請け負っている仕事がそれほど重要な案件ではなかった為にさほど問題にはならなかった。上司や後輩のほとんどがいい人ばかりで俺がそのようなつまらないミスをしてもほとんどの人は俺を咎めなかった。だがこのままでは俺はいつか会社の尊厳に関わるような失態を晒し、会社をきっと悪い方向に持っていきかねない。だからそのような事になる前に一層この会社から出ていく事も考えたが、自分の歳の事や、もし今ここを出て行ったとしても他に行く当てがあるはずがないと思うとすぐにこの会社から出ていく気にもなれなかった。そして考えた末に出した結論が「現状維持」であった。しかしこのままミスを続ければ自分はいつか会社から追い出されることもわかっていた。この事を理解した上での「現状維持」という選択は自分にとってはもういつ沈没するか分からない泥の船に乗るようなものだった。「絶望」この二文字は今の自分をよく表していると思う。何かを始めるにはもう遅すぎる年齢。財産もなければ家族もいない。今務めている会社も追い出されるのは時間の問題…。
ネガティブな考えに疲れふと空を見上げると雲一つない眩しい青空が見えてふと目頭が熱くなるのを感じた。俺の心はこんなにも曇っているのに空はこんなにも晴れ晴れとしている。空が自分の事を嘲笑ったような気がした。こんな事を考えているうちに自分がどんどん惨めに思えてきた。ここから飛び降りられたらそんな気持ちは消えるのだろうか…。
「タツローさん、こんな所でなにしてんスか?」
不意に後ろから声をかけられ我に返り、後ろを振り向けば仲良くしている後輩が缶コーヒーを両手に持ち、立っていた。彼は「溝口拓也」彼がまだ新人の時、俺が彼の教育を担当した際に彼と意気投合し、互いに酒を飲み、色々な事を語りつくした数少ない会社の中での友人である。
「あぁタクか。すまない、ちょっと一人になりたくてな。すぐに戻るよ。」
「そんな焦らなくてもいいっスよ。はいコレ。」
そう言いながら拓也は俺の隣まで来て俺に缶コーヒーを渡してくれた。
「悪いな…いつも…。特に最近はお前に迷惑かけてばっかりだ…。」
「そんな事ないっスよ。逆に最近はタツローさんの役に立てて嬉しいくらいっスよ。」
彼は何処までもポジティブで、いつもウジウジ考えている自分とはどこまでも違っていてそんな風に彼と自分を比べてしまって、改めて自分に情けなさを感じてしまう。
「俺は情けない上司だな…。最近じゃ後輩の手を借りないとロクに仕事も出来ないようになってしまった。本当に情けないよ…。」
俺は自分の中にある煮え切らない思いをごまかすように缶コーヒーのプルタブを開けて数口コーヒーを飲んだ。そして拓也がなにか決心した顔で俺を見て口を開けた。
「タツローさん、俺、タツローさんにはまとまった休みっていうか…休息が必要なんだと思うんスよ。あんまり言いたくないですけどあんな事があったからタツローさんは精神的に疲れてるだけなんスよ。」
拓也からの言葉が的を得ていた気がして、そうかもな。俺はぼんやりとした返事を返した。
疲れてはいるがここで休息をとっても何の意味があるのだろう。趣味を何も持ち合わせていない自分にとって休暇は仕事をする事と同じくらい嫌なものであった。何もせず家で無駄な時間を過ごしてネガティブな事を考えて自己嫌悪になってまたネガティブになる。そんなスパイラルに陥るくらいならまだ仕事をした方がマシだ
とまたネガティブな事を考えていると拓也がいつもの明るい顔に戻り一枚の雑誌を渡してきた。
「だから、そんなタツローさんにコレ!もうすぐ秋も終わるし、タツローさんの心身のリフレッシュも兼ねてと思ったんスけど...。」
そう言いながら渡された雑誌には何やらハイキングについて書かれてあった。山を登りつつ、山の中にある様々な景色を楽しもうという内容だった。体を動かすのが得意ではない自分でも十分に魅力的な内容に見えた。
「ハイキングか。リフレッシュにしてはいいかもな。」
「でしょ!?だから絶対行きましょうよ!!ほらこのコースとか…」
俺の言葉を聞いて顔を輝かせた拓也は話を続けた。雑誌に載っているどのハイキングコースにするか何十分間か話し合った結果、比較的登りやすい山に行くことになった。拓也は終始楽しそ
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