アルスの青年クリス

 天気がいい日は、毎朝必ず外に出る。
 美味い空気を吸って、青い青い空を眺めて、たまに雲が下の方にあって……滅茶苦茶いい場所だ。
 鳥さえもほとんど見られないこの場所は、山の頂上だった。
 俺はそこで一人、遊牧をして生活をしている。
 飼っている山羊や馬、鶏だったり牛だったり……結構沢山食り――じゃなかった、友達がいるから、特に寂しくはない。
 しかも、最近、住み込みのメイド? ――多分メイドさんがやってきて、更に俺の暮らしは楽しいものになっている。
 まぁ、その女の子が普通の人間じゃないんだけどさ。可愛いからいいよね。
 もうじき朝食に呼びに来る頃か……。

「ご主人様ー。朝ごはん、出来ましたよー」
「ほれ来た。今行きますよっと」

 玄関の前に立っていた彼女は、俺が走り寄ってくるまで待っていてくれる。
 腕輪のような鳥の羽のある手を前で組み、清楚に微笑んで立っている。

「おはようございます。今日も朝から空を見ていたんですか?」
「まぁな。天気もいいし、朝起きしたくなるってもんだよ。キィナもそう思わないか?」
「そうですね。こんな日には、飛びたくなっちゃうかも?」
「やめて下さい寂し死にしてしまいます」

 キィナが俺を見て、可笑しそうに口元に手を据えて微笑む。
 その仕草が、妖艶さがなく可憐で、とても好ましかった。
 それでも俺の腹の虫は空気を読むことなく、『さっさと飯を食わせろ』と言わんばかりに盛大な音を立て、カーッと頭が熱くなった。

「は、早く食おうかな」
「ええ、冷めない内に食べて下さい」

 キィナは大笑いするわけでも小馬鹿にすることもなく、微笑を貫く。
 けど、やっぱりそんな彼女がとても好ましいと思えた。
 キィナがこの家にやって来たのは、二週間ちょっと前くらいだった。
 朝から晴天で、いつものように外でぼーっとしていると、彼女が軽い足取りで登ってくるのが見えたのだ。

 ――こんな場所になにか御用ですか?
 ――えっと、私、キィナと言います。ここに男の方がお一人で住んでいると聞いて……是非、お会いしたいと思って来たんです。
 ――俺に? 確かにここには俺と愉快な食糧――じゃなかった、動物達がいるくらいですけど……。
 ――そうなんですか。……あの、私をここで働かせてくれませんか?

 今まで出会ったことのない綺麗な女性に一目惚れした俺は、その申し出を軽く許可してしまったわけだ。
 けれど、彼女は華奢な体に似合わず、せっせと軽い仕事から重い仕事まで、俺が気づかぬ内に終わらせてしまう。
 洗濯も、掃除も、炊事も……とにかく、今まで一人でやっていたものが、彼女の登場と共に一瞬で掻き消えたわけだ。

「キィナって本当に働き者だよなぁ……俺一人じゃ全部終わるのに一日掛かるのに、今じゃほとんど動いてないぜ」
「私は、家事をするのが大好きですから。ご主人様のためなら、なんでもしますよ?」
「ん? っていうか、キィナって俺の事名前で呼んではくれないのか?」
「はえ?」

 キィナがきょとんと、目をまあるくして俺を見る。
 俺は、数日前から思っていたことを口にする。

「この間来たばかりだから強要はしないけどさ、なんかご主人様≠チて他人行儀じゃないか? 俺的にはもっとフレンドリーでいいんだよね」
「不満、でしたか?」
「いや、むしろそう呼ばれたことなかったから、嬉しい。けどやっぱり、二人っきりだからなぁ……昔っから名前でしか呼ばれなかったからかな」

 実は、ここには五年ほど前までは、小さな村があった。
 けれど、みんな麓の街が大きくなっていくのが気になっていたのか、いつしか少しずつ街へと移住して行った。
 仲の良かった連中まで麓に下りて行ってしまって、現在の状況に至る。
 まぁ確かに、一々手に入らない食糧を調達するのに、下山と登頂を繰り返すのは面倒極まりない。
 それでも俺だけは、ここから離れられなかった。

「キィナもさ、堅苦しくしないで、気儘にやってくれてもいいぜ? そうすりゃ俺も一緒に家事が出来るし」
「私と、家事を一緒に?」
「これでも、五年以上家事やってるから、得意です」

 ニヒヒと笑うと、キィナはちょっと考え込む素振りを見せた。
 顎に折り曲げた人差し指を軽く当てて、俯く。この角度、正面から見るとキィナがキリッとして見える。
 やがて、にっこりと微笑むと、楽しげな声で宣言した。

「それでは、今後もよろしくお願いしますね。ご主人様=I ……ハッ」
「変わってないね、うん」
「あわ、あわわわ……」

 焦って手をぱたぱた振る彼女が、とても愛らしかった。
 しかし、腹の虫はやはり空気を読まず、大音量で鳴いた。

     ◇◇◇◇

 玄関で山の麓へ下りる準備をしていると、キィナが茶色のハウチング帽を持って来
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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33