二十日前。
境一を戻す手段の内容の説明は、あなたがもう少し動けるようになってからと言われた彼女は、すぐに胃に水を流し込み、魔界産の野菜をふんだんに使った料理を平らげて、シャワーを浴びて服を変え、身だしなみを整えること五日の辛抱に耐えた。
もう体も動く。髪につやが戻り皮膚もかさついていない。充分だ。境一に会いたい! 一秒でも早く!
しかし承諾は下りない。女は、今は体力を十分に蓄えなさいという。
「彼の命に別状はないから、再会は、いつでもできるわ。
・・・・・・。
・・・本当につらいのは、そこからよ・・・・・・。」
内心暴れ出したくてたまらなかったが、彼女の言葉の外にある悲しげな威圧感と、言葉の指す不吉な意味に捉えられ、頭上に暗雲のかかる思いがして、それを振り切るためにも力は必要だと判断した。
境一の治療にどんな作業があるのか見当もつかないが、その途中に自分が倒れるようなことがあればどうなるかわからないと、早る鼓動に言い聞かせる理性的思考の側面には、境一に会うことを求める気持ちの荒ぶる反面、事態に直面することに若干の恐れがあったためである。
もし境一に何らかの後遺症が残ったら、いや、それよりも、もし境一が自分を憎しみを、恨みを抱くようになるとしたら――――――――
ふっ、と馬鹿馬鹿しさを隠さずに笑う。
ありえない、そんなこと。彼と私は結ばれたのだ。多少予想しえないアクシデントに見舞われたくらいでなんだというのだ。彼はすでに私のもの。これからさきずっと、私以外を見ることなく想うこともないのだ。それに、うん、彼を元通りにしたら、またうんと気持ち良くしてあげなくちゃ。それには体力、大事だものね・・・・・・。
なんで今回みたいなことが起きたのかなんてどうでもいいや、失敗したのならまたやり直せばいいんだもの。そして今度こそ二人混ぜ合わさって、ああ、そしてようやく、不幸のない世界へ旅立てるんだわ・・・。こんな永久の幸せが続くことのできない、不出来な、欠陥だらけの世界から、ようやく離れられる・・・・・・・・・。
そう考えたら、ほんの少し、気持ちに余裕が生まれて、もうすぐ見納めになるものたちを見ておくのも悪くないような気がして、でもやっぱり一番気持ちを占めるのは境一の事と、己の進む未来のことなのだった。
もしかしたら巣から飛び羽ばたこうとする鳥はこんな気分なんだろうか・・・・・・。
自ら羽ばたき風を捉えることを憶え、その流れに乗ってさえぎるものなき空を泳いでいくその果て、巣の中にいたころには見られないものをきっと眺めることができるのだ。
晴天に手を伸ばし、今はまだつかめない青を握る素振りをしてみる。
そう、私も、もうすぐそっちへ・・・・・・。
(りんちゃんは・・・・・・・・・?)
・・・・・・
え・・・・・・?
(りんちゃんはどうするの・・・?)
り・・・・・・ん・・・?
(すてちゃうの?)
何・・・・・。
捨てる・・・・・・?
だれ・・・を・・・
りん・・・ちゃ・・ん・・・?
あ・・・・・・・・・?
ふたをして、閉じ込めたはずのこころが、内側から、溢れようとしている。
脈動に合わせて大きく、大きく、どしん、どしんと揺さ振りをかける。とてもたいせつな『 』が、それをたいせつだと言い張るものが、こちら側へ来ようとして。
(わたしを!)
(ここから!)
(だせ!!)
「五月蠅いっ!!」
躊躇なく壁を頭ついてへこんだのは壁の方とはまさしく魔物の強靭さよ。
しかし思いきりのよさは彼女自身の額を切って、はねる鮮血は美亜乃をかえって平静に戻した。自分の意志に逆らうものは鳴りをひそめて、何も聞こえなくなった。
勝った! ふふん、と髪を掻き上げる。
私は私の行きたいところへ行く!! 邪魔するな!!
その傷が癒える必要性を踏まえてさらに数日間、境一のもとを訪れる日が延長されたことは明らかである。
しかしいよいよ焦れてきた。この広い屋敷の庭を遊歩するのもいいかげん飽きたし、なにより境一の元へ行きたい。背中を押す情動が、たまらず女に抗議させた。いつも自分の身の回りを世話してくれているあの女に、思わずつかみ掛かってしまったが、焦りもせずに女は答えた。
じゃ、明日、昼過ぎに。気持ちを整えておいて。
その日の夜はベッドの中、今にも走り出しそうな昂りが眠気を退けて、明かりの消えた部屋のどこというでもなく、落ち着きのない視線がさまよった。
――――いよいよか!
いよいよ彼に会えるのか! そして私の願いが叶う!
ふふっ、彼が目を覚ましたらなんて言お
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