暗く、熱の籠もった部屋で、ふたりは交わり続けた。
それがどのようにして始まったのか、里嶺 境一(けいいち)は覚えていない。ただ、サキュバスとなった姉 美亜乃との行為によってもたらされる悦楽に、思考は溶け、抵抗は無く、己のほとばしりのままに快楽を享受していた。
呆けたその表情に、知性の影は見られない。
焦点すら結ばぬその瞳には最早、眼前の悦びに歪んだ姉の顔すら、映ってはいまい。けれども彼の体は変わって行く。姉の情愛を受けて、彼女の望むままに、ヒトの規格から外れていく。境一の意思を問う事もなく。
そして正気を取り戻す頃には、すっかり立派なインキュバスへと変容しているのだろう。
ただ、愛欲に忠実な、姉のための伴侶。もう一生はなれることの無い、もう二度と裏切ることの無い、「わたしだけのモノ」。
ようやく手に入った・・・!
「ね、けいちゃん、覚えてる? わたし達が始めてあった日のこと。わたしのお父さんとけいちゃんのお母さんの再婚が決まって、わたし達の顔合わせのために、駅前のホテルの中にあるレストランで一緒にご飯、食べたじゃない。」
境一は答えない。
「9年くらい前だったね。ほんとはさ、わたし、あの日レストランに行くのがすごくいやだったんだよ。だって、わたしのお母さんが亡くなってからまだ一年と少ししか経ってなかったんだよ? それなのにもう次の新しいお母さんを見つけるってさ、幾らなんでも薄情が過ぎるよって、そう思ってたんだけど、わたしもお父さんに負けないくらい薄情だったよ。ね、これ、どういうことか分かる?」
境一は答えない。
「ぶち壊しにしてやるつもりだったんだよ。あんたたちと一緒にご飯なんて、食べたくない―――――って。金切り声上げてテーブルの上のもの全部ひっくり返してやるつもりだった。それで食事会はご破算。再婚話までなくなるとは思わないけど、もしかしたら、亀裂の一つくらい入るかなって。でも―――――――できなかった。何でだと思う?」
境一は答えない。ただ僅かにうめき声をあげるだけ。それすらも肉体を通して流れ込む快感に、反射的に嗚咽が漏れているだけに過ぎない。しかしそんなことには構わず、美亜乃は続ける。
「けいちゃんの―――――――――――――せいだよ。」
「ひと目けいちゃんを見たとき、体に電流が走ったみたいだったよ。その時、分かったんだ。」
「『この人だ』って。
もう、前のお母さんのことも、お父さんへの確執も、きれいさっぱり、頭からなくなっていたよ。
ね、けいちゃん。ユングって知ってる? ん? 違うよガイナの名作に出てくる脇役のヒトじゃないよ。心理学の方。」
弟を胸に抱えて、美亜乃は瞳を輝かせる。
「心理学で、とっても有名な人。シンクロニシティとか、色々。んまあ、難しいことはおいといてさ、重要なのはその人ね、エンマっていう女の子に出会ったとき、この子こそ自分の妻になる人だって確信したんだって。まだ当時エンマは14歳だったのにね。ふふふっ。
でね、ユングはエンマと本当に結婚したんだよ。凄いよねえ。」
「世界には、在るんだよ。目には見えない心の繋がりとか、絆とか、因果とか、そういうもの総てひっくるめた『何か』が。」
「もしかしたら、それを『運命』って言うのかもしれないね。わたし神様なんてちっとも信仰して無いけど、きっと神様ですら、この世の運命の一部に過ぎないんだね。我々は神のしもべではない。運命のしもべなのである。なあーんてね、くふふふっ」
「ユングはエンマと結ばれた。ユングは自分の運命を感じ取って、それはその通りになった。わたしも自分の運命の人を、けいちゃんを感じ取って、今こうして。
でも――――――」
「じゃあ何でけいちゃんは、わたしの事が、分からなかったんだろう、ね?
何でわたし以外の人と、仲良くしてあんな裏切りをして」
「ねぇ――――――なんで?
ねえ何で? ねえ何で? ねえ、ねえ何で?
何で、何で、何で、何で、何で何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で何で、何で、何で、何で何で、何で、何で、何で、何で何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で何で何で何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で何で何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で何で、何で、何で、何で、何で何で何で何で何で何、何で、何で、何で何で何で、何で――――
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