情愛の彼方(11)

  

  絶望の本質とは、非情なる現実それ自体を指すものでなく、その事態に対して、自分が無力であると思い知らされることである。しかし、『今』に絶望しなければ新しい生き方を望めないのがヒトである以上、美亜乃には辛い思いをしてもらわなければならないというのがレインの描く事情であった。
 最も死者の少ない戦争ではあったが、先の大戦で敗北することが無ければ、人類は魔物を受け入れた社会制度を構築することは無かった過去を否定できない。ヒト同士でも同様の事例は探すまでも無いほど数多いのだから。
 レインは考える。絶望という感慨にも名称によるひとくくりに済ませられないものはあって、良い絶望と悪い絶望が存在するというのはいささか独自的観念でありながら真実であると自認している。

 美亜乃の場合、日常的に失意を抱えていたという点に問題があり、彼女は義弟に恋慕しながらもそれを成就できない日々を送っていて、自分を押し殺していたのだ。
 境一が想いに応えてくれることはないのだと、いつの日か他の誰かに奪われていくのだと、その時には、彼の背中が去り行くままに追いすがることすら許されないのだと。捨てられることが分かっている愛情を、なけなしの財産のようにすり減らしてきた。握り締めた手の中の、これっぽっちの銀貨で食べていかなければならないような、飢えと寒さに耐えた日々・・・・・・!
 レインに魔物に変えられたあの時、美亜乃は泣いた。
 身体の劇的な変化に伴う高揚は素直になることを促し、零れ落ちる涙と鼻水とうなる様な嗚咽は、彼女が耐えてきた胸の疼きの開放となった。
 レッサーサキュバスは規格としては魔物であるが、内実不安定で、人間から完全な魔物へと変異する過渡にあると言って相違なく、つまり、人間の脆く危うい部分が多大に混在しているため、これまで味わったことのない魔力が溢れ出る興奮に当てられて、暴走をする。その行動は意中の異性へと向かい、さんざん快楽をむさぼり倒した後、真性のサキュバスになり平静を取り戻した頃には、自分のそばにいるのは宝のようなインキュバス。そして二人は新しい生涯を始める。魔物娘達にしてみれば自分達の生態としておよび成り行きとして割とありふれた異常性のないものである。 


  「ずっと死にたかった」
  美亜乃はそう言った。

  厳密には死ぬつもりだったのだと。


 想い叶わぬならせめて、彼のこころにいつまでも残ってやろうと、彼が自分以外の異性と結ばれた暁には、彼の目の前で命果てて終わるつもりだったと。それが自分の、命の使い方なのだと。
 しかし、死ぬのが怖いという気持ちも確かにあったらしく、それは身を傷つける苦痛への恐怖もさることながら、死んだ後に、自分はどうなってしまうのだろうかという不安を直視したことに由来する。
 倫ちゃんには絶対言えない事なんですけど、と一言おいてから、できたてのちっちゃな尻尾に小指を絡ませて、はにかみながら、少し照れくさそうに、美亜乃は続けた。

 死んで無になるというならそれでいいんです。もう苦しまないですむから。
 仮に魂なんていうわけの分からないものが私にあったとして、それが亡霊になり境一に取り付く事ができるならもっといい。
 死がただ人生の終わりであってくれるなら、あとはちょっとの激痛を覚えればいいだけ。ためらう事なんてない――――はずなんですけど。
 それでは済まないことが待ち構えていたら?
 予想もつかないことなんですけど、いいえ、多分予想できるけれどそれを認めたくないような、そんな事を、『向こう側』へ行ったら味わう。そういう気がするんです。


 その言葉の意味が、レインには分かるような気がした。内省を可能とする知性を持つ生き物が死を意識し、その先に何があるのか、あるいは無いのかと思慮をめぐらせることは珍しいことではない。有限たる時の中に生を刻む魔物もまた同様である。
 レインには夫がいて、夜ごと楽しみを終え、隣で眠る男の寝顔を見ていると、いつまでこの幸せが続いてくれるのだろうかと、不安になることがあるのだ。この世から不幸をなくすことはできない。ヒト同士でも魔物との夫婦であっても、伴侶を亡くす者はどうしても存在する。自分もいつか、別れ難い半身と引き離される時は必ずやって来る。
 先立つのが夫であったら、きっと自分は抜け殻のようになってしまい、二人の思い出の品をかき集め、交わりを繰り返すこの部屋に閉じこもり、できればそのまま灰になりたいと願うか、あるいは夢の中でならまた会えるかもと、目を覚ますことを求めない日々へ自らをいざなうか。これらは過度に誇張した妄想ではなく、異性を失った魔物が陥る生活的事実である。運よく、子供をもうける事ができたな
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