「相棒と二人、森の中で狩りをしているときでした、どこからともなく、こちらのことを呼ぶ女の声が聞こえてきたのです」
疲れきった表情を浮かべた若い男が、まるで懺悔をするかのように、
向かいに座るもう一人の男へ自らに起こった出来事を語りだす。
「あんなに綺麗で、引き込まれそうになる声を聞いたのは初めてでした。今でも、声が頭の中で絡みつくように響くあの感覚が忘れられません」
頭を抱え恐怖に震えながら、しかしどこかに陶酔の色も見える、
そんな複雑な表情で男はその女性の声について語る。
「私がその声に呑まれそうになった時でした。隣にいた相棒がフラフラと、まるでその声に操られるように森の奥へと歩き出したのです」
今度は悔しげに、握りこぶしを作りそれを震わせながら、
行方が分からなくなっている彼の相棒の話に移る。
「止めようと声をかけました。行くなと叫びました。だけど……だけど! あいつはそのまま行っちまったんだ!」
悔しさのあまりだろうか、語気を荒げてその時の様子を話す。
「連れ戻さなきゃと思ったけど、俺は、怖くなって逃げ出しちまったんだ」
まさに後悔と言う言葉以外では表現できない様子の男は、
こぶしから力を抜き涙を流し始めながら懺悔を呟く。
「俺は……俺は……あいつを見捨てたんだ……」
その言葉を最後に、男の口は嘆きの嗚咽以外を漏らさなくなってしまった。
「そんなに自分を責めないでください」
それまで黙って話を聞いていた相手の男は、後悔に嘆く村人の手を握り優しくうなずく。
「貴方が無事に帰ってきてくれたから、私は貴方から詳しい話を聞くことが出来たのです」
男の言葉に村人はすがる様に言葉を漏らす。
「騎士様……俺は……」
「後はこの私に、騎士ラズロにお任せください」
「ふう……」
ため息を吐きながら、少しだけ足を止めて立ち止まる。
話に聞いた場所まであと少しの所までこれたけれど、
装備を着けて森の中を歩くのは中々くたびれる物がある。
(少し休もうかな、どんな相手が出てくるか分からないし)
出来るだけ周囲に気を配れそうな場所を選んで、
腰を下ろして休息を取りながら、ここに到るまでの経緯を思い出す。
……近頃、この地域の村々から人がいなくなる事件が起きていた。
調査に回された自分が調べたところ、いなくなったのはいずれも男性で、
そしてこの森やその周辺に出かけた人が、帰ってこなくなっていることが分かってきた。
この調査結果と、先刻聞けた村人の話からすると、
おそらくこの事件は魔物の仕業なのだろう。
魔物共は狡猾にも、人の女性に近い姿で現れてその美貌や魔力で男性を誘惑し、
油断させた所を襲いその身を喰らうらしい。
(おそらくいなくなった人々も今頃はもう……)
被害者たちやあの村人を初め、残された人々の涙を思い出すと、
この事件を起こした魔物に怒りがわいてくる。
「そうさ、こんなこと絶対に許せない」
本当ならば、応援を呼んで万全を期した方が良いのかも知れないけれど、
その場所にまた魔物が現れるとは限らないだろうし、
少しでも早くこの事件を解決しなければ、
被害者がまた出てしまうかもしれないと思い立ち、
唯一しっかり話が聞けたその場所へ調査に来たのだった。
「よし、そろそろ行こう」
休息を終え、道を確かめ、装備を確認し、
最後に騎士として認められた証である剣の位置を整えながら、再び森の中を歩き出す。
この剣には、作る際に邪悪を退ける祈りが捧げられていて、
聖なる加護が宿っているとされている。
騎士としてはまだ若輩で、魔物と戦ったことなどない自分ではあるが、
この剣と、決して折れない強い信仰心さえあれば、
邪悪な魔物などに負けることは絶対にないだろう。
「……何も無し、かな?」
話に聞いた場所にたどり着き、その辺りを探って見たものの、
特に怪しい所は見当たらなかった。
たまたま出くわさなかったのか、それとも既に別の場所に移動したか、
そもそもあの話も声を聞いたと言うだけで姿を確認したわけではないのだし、
もしかしたら魔術の類で遠くから声だけ飛ばしたと言うことも考えられる。
ともあれ、何も無いのならばここにいても仕方ない。
帰ろうと村への道に足を伸ばしかけたその時。
「来て……こっちに来てぇ……」
「……ッ!?」
背筋がゾクリと震えた、頭の中に響くように聞こえた声は確かに女性の声で、
とても綺麗な、抗い難く、呑み込まれてしまいそうな不思議な魅力を伴った声で……
「来て……来てぇ……こっちにおいでぇ……」
「……う……あぁ……くぅぅぅぅ!!」
フラフラと従いそうになってしまう足を何とか押し止め、
頭を
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