「待って〜、待ってよ〜」
「く……そぉ! 冗談じゃない!」
なんて様だ、なぜ魔物如きに背を向けて走らなければならないのだ。
俺たちは精鋭たる主神教団の騎士ではなかったのか。
「怖いことなんてしないから、一緒にいいことしましょうよ〜」
「黙れぇ! 来るなぁ!」
魔物の軍と対峙し、奴らを最初に見た時は驚いた。
見るに堪えない邪悪な化け物共と聞いていたのに、
どいつもこいつも人の女のような姿だったのだ。
あれほど訓練を積んできたというのに、勝負にならなかった。
力及ばずに魔物に押し倒される者はまだましな方で、
その魅力に負けたのか、自ら剣を投げ出す者まで出る始末。
何より恐ろしく、おぞましいのは、
戦場であるにもかかわらず、その場で魔物と交わりだす者までいたことだ。
アレは、アレはさすがに異常だ。
命のかかった戦場で、まして魔物と、
あのような事をするなど、明らかに普通では無い。
「逃げても無駄だよ、追いついちゃうよ」
「……くそぉ!」
隊はあっさりと壊滅し、逃げ惑う内に味方の姿も見えなくなってしまった。
俺を追いかけてきている魔物も一匹だけになったが、背に羽を生やした女だ。
飛んでいる相手から逃げるのは難しく、追いつかれるのも時間の問題だろう。
この異常を教団に伝えなくてはならない。
異常すぎて信じてもらえないかもしれないが、
これを放置すれば犠牲者はますます増えてしまうだろう。
ここで捕まるわけにはいかない、逃げ切れないというのならば。
「お、諦めて……は、いないみたいね」
足を止め、振り向きざまに剣を抜く。
どれだけ逃げてきたのか、戦場の喧騒は遠く、
周囲にはこいつ以外の魔物もいない。
そうだ、こいつさえ倒せば、俺は逃げ切れる。
「来るなら……来い! 俺は、貴様らには屈しない!」
「アハ、カッコイイけど怖い顔、そんな顔しないで、仲良くしましょ」
剣を向けても魔物は余裕を崩さず、気安く話しかけてくる。
この敵意の無さは何なのだ、仲良くとはどういうことだ。
たしかに武器を持っているようには見えず、防具には見えない服しか、
というより、服とすら呼べない布きれしか身にまとっていない。
魔物と思わなければ目のやり場に困るような気分になってくる。
いや、これも奴らの手段だろう、油断したところを襲うつもりなのだ。
騙されてはいけない、奴らは魔物なのだから。
「そんなに嫌わなくてもいいじゃない、ほらぁ、おねぇさんと遊びましょうよ」
「……ッ! うるさい! うるさい! 黙れ魔物め!」
布一枚には隠し切れない、目を奪われそうになる巨大な胸部を、
腕で下からすくい上げるように強調しながらの扇情的な挑発に思わず言葉を詰まる。
ああして籠絡するのだろう、引っかかってしまえば、
あの戦場で見たような、あんな、あんなことを……
俺は、あのような無様な姿は晒さない、晒してなるものか!
「んもう、しょうがないわねぇ、どうしても戦わないと……ダメ?」
「あ、当たり前だ! 魔物は滅ぼされなければいけないんだ!」
頬に指を当て、首を傾げて聞いてくる、逐一、可愛らしい。
騙されるな、騙されるな、騙されるなぁ!
「……いいわ、どうしても、というのなら、正々堂々ヤりましょう」
こちらの葛藤を他所に、魔物も覚悟を決めたらしい。
両手のこぶしを握り、突き出して構えて見せる。
……てっきり魔法でも使うのかと思っていたが、
こいつは格闘の類を戦法とするのだろうか。
ともかく、戦う意思を見せたのならば、こちらも遠慮無く……
「なーんてね、それ! チャーム!」
「……なッ!」
突然構えを崩し、開かれた手のひらから桃色の光が放たれる。
不意を突かれ、判断の遅れたその隙に光が迫る、かわしきれない。
そのまま全身に浴びせられた魔法で、体が、視界が、桃色に染められていく。
「く……そぉ、何を、した」
思わず目を瞑ってしまい、その目蓋越しから感じる光がようやく消えた。
何をされたのだろうか、体には、異常がなさそうだ。
光を受けたショックか、少しだけ頭がぼんやりするような気がするが、
もしやただの目くらまし? そうだ、魔物はどうしている。
「ふふ、さあ、どうかしら?」
「ッ! うあ……あ……」
目を見開き、魔物を視界にとらえた瞬間。
……ドクンと心臓が跳ねた。
綺麗だ、可愛い、愛しい、目の前の魔物から目が離せなくなる。
相手が魔物なのか分からなくなってくる。
まるで求めてやまない、恋い焦がれる女性を前にしたように、
見ているだけで幸せで、頭の中から彼女以外が消えていく。
「効いてるみたいね、どう? 私の自慢の魅了の魔法よ」
「……み……りょう……
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