その部屋は薄暗かった。
少ない光量に浮かび上がる部屋の様子を見渡して見える物といえば、
怪しい装飾の施された本がぎっしり詰まった本棚、机の上にはこれ見よがしな水晶玉、
壁に下げられている紫色をした干草に、果てはどんな生物なのか判別の付かない骨。
見るものに不安と恐怖を呼び起こす品々が所狭しと並べられていた。
わざわざ部屋の中央に据えられた火所……ジパング風に言えば囲炉裏だろうか、
そこで揺らめく炎だけが唯一の光源としてこの空間が完全に闇に落ちるのを防いでいた。
ポコ ポコ ポコ ポコ ポコ ポコ
天井から吊るされた鉄鍋がその炎から与えられる熱によって、
その中に満ちる謎の液体に緩やかなリズムの音を立てさせる。
様々な色の浮かび上がる極彩色の泡が割れるたびに、
薄暗い怪しげな煙を大量に吐き出して部屋中を包み込み、
どろりと粘性の高い不気味な液面はそれに差し込まれた棒に混ぜられ鈍い渦を作り出す。
ゆっくりと液体を掻き分ける棒は、それを握る何者かの手で動きを得ていた。
明らかに人の物ではない、獣の様な毛に包まれたその手の持ち主は、
僅かな光に照らされ、背後に浮かぶ影を揺らしつつ、言語として認識できない、
音の上下によって紡ぎだされる呻きのような声を上げながら……
「ふ〜んふ〜ん♪ ふふんふ♪ ふふんがふ〜ん♪」
「リコ様、いらっしゃいま……ケホッケホッ、またわざわざお部屋を暗くして、今度は何をお作りになっているのですか?」
部屋に入ってきた少女によって開け放たれた扉から入り込む光によって、
ご機嫌に鼻歌を歌っていたお手手もふもふ幼女の姿が浮かび上がる。
頭に生える二本の角、薄い衣服に包まれた可愛らしい肢体、
そして触り心地の良さそうなふわふわの毛が生えた手足、
周囲に幼女の魅力をふんだんに振りまき、その素晴らしさを伝えんとするサバトの長。
みんな大好き、バフォメット様が楽しそうにお鍋をかき回していたのだった。
「リコ様、暗いお部屋では物が見えにくくて危ないですし、目にもよろしくありませんと何度も何度も申し上げているでしょう」
ああ、また始まった、コイツは優秀ではあるのだが小言がしつこいのが玉に瑕じゃのう。
魔界の実力者たるバフォメットであるこのわし、リコ様が暗がり程度で問題を起こすわけが無いというのに。
「こういうのは雰囲気が大切なんじゃと言っておろうがサニー、すまんがまずはドアを閉めてくれんか、薬が漏れるかもしれんからのう」
「あ、は、はい……何か危ないお薬なんですか?」
部屋の扉を閉めながら少女……サバトの魔女サニーが怪訝そうな顔で聞いてくる。
「いや、わしら魔物娘には何の効果も無いし、元より命に関わる様な物じゃ無いがのう」
天井に漂うほど部屋に充満した煙を眺めつつ答える。
「ただ少々強力に出来てしまってな、煙を吸うだけでも影響があるかもしれん」
まあ、試作品であるし用心に越したことは無いじゃろう。
「それで、わしに何か用かの?」
今のうちに小言と薬から話をそらす、お説教なんぞごめんじゃし、
この薬の力については後でこやつにたっぷり味わってもらわねばならんからのう♪
「ああ、そうでした、リコ様に挑戦者がいらっしゃってますよ♪」
む、なんじゃ、自分で言うのもなんだがわしに劣らずやけにニヤニヤと……まさか!
「そうです、リコ様お待ちかねの『あの子』ですよ」
……ククク、そうか、やっと来たか。
わしをこんなに待たせるとは罪な男じゃが、
その分、期待に応えてくれさえすれば許そうではないか。
となれば、こうしちゃおれん!
「サニーよ、お鍋をかき混ぜておいてくれ、ちょっくら行ってくるでな!」
「え? あ、ちょっと、リコ様? リコ様ってばーーー!」
自己最速記録を塗り替える速さで転移魔法を発動させる。
さてさて、あの日からどれほど強くなってくれたのか、
待っておれよ、すぐ行くからの。
「……結局これなんなんだろ、かき混ぜてろって……いつまで?」
ポコ ポコ ポコ ポコ ポコ ポコ
「久しぶりじゃな、丁度一年ぶりくらいか、のうクロノ」
「そのくらいかな、久しぶりだね、リコ」
サバトの施設内でも特別頑丈に作られた広い一室で、
魔力を練って黒い刃を手にまといながら、対峙している青年と会話する。
「ここへ来たという事は、わしの兄上になってくれる決意が出来たと言うことじゃな?」
「その決意なら一年前にしているよ、そのために頑張ったんだからね」
こやつの名はクロノ、かつて、勇者としてわしを退治しに来たこやつは、
このわしに膝を付かせるところまで追い詰めてくれた唯一の男なのじゃ。
「まった
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