「こんにちは」
ふもとの町に続く山道を歩く僕に、
背筋がゾクリとするような済んだ綺麗な声が聞こえた。
突然かけられた挨拶に驚いて声のする方向を向いてみると、
そこには体の半分ほどが隠れる大きさの岩陰から、
上半身だけを乗り出すようにしてこちらを見ている女性がいた。
「こ……こんにちは」
サラサラと触り心地のよさそうなブロンドの髪、
吸い込まれそうな金色の瞳、整った顔に露出度の高い服と、
何よりも挨拶の一声だけで聞き惚れてしまうような綺麗な声に惚けながらも、
僕は何とか返事を返すことが出来た。
「私はミリィっていうの、あなたのお名前を聞いてもいいかしら」
「……セイトって……いいます」
優しく耳をくすぐりながら頭の奥へ潜り込んでいくような不思議な声に、
まるで誘導されるようにほとんど反射的に名前を答えてしまっていた。
「そう、セイト君っていうんだ、ねえ、これから何か用事があったりするのかな?」
「いや……特には……ない……ですけど」
そう、山の仕事が一段落する時期だし、
たまにはと思ってふもとの町に遊びに行こうと思っただけなので、
大した用事があるわけではない。
でもこの山道は僕の住む小さな山村とふもとの町を結ぶだけの道で、
基本的に知っている顔以外の人が通ることはまずない道なのだ。
理性ではこの怪しい人物に近づくべきじゃない、
早く話を切り上げて立ち去るべきだと分かってはいるのに。
「良かった……じゃあ、少し私に付き合ってくれない?」
「あ……付き合う……って?」
この声を聞いていると……なんだか……
「フフ……とりあえずは……おしゃべりかな」
頭がぼんやりしてきて……もっと聞いていたくなる。
ミリィのおしゃべりは別段変わったものではなかった。
普段どんなことをしているかとか、どういう食べ物が好きかとか、
本当になんでもない普段の出来事を色々と聞いてくるだけだった。
それだけなのにその声を聞くと、
背筋がゾクゾクとして、頭がどんどんぼやけてきて、
最初に感じていた疑問や警戒心がとろけるように薄れていってしまっていた。
「じゃあねえ、そうだ、恋人とか……いたりするかな?」
「え……っと……恋人?」
恋人がいるかなんて、こんな美人に聞かれたら戸惑ってしまうような質問をされて、
少し言いよどんでいると。
「ねえ……おねがい、教えてよ……いいでしょ?」
ちょっと声音を落として、
まるで頭にねっとりと絡みつくような声でもう一度聞かれる。
お願いをされているだけなのに、
有無を言わさぬ命令のように強く、深く、染み入るように言葉が刻み込まれていく、
その不思議な感覚の前に、わずかに残っていた疑問や戸惑いも消え去ってしまった。
「……いない……よ」
口が勝手に質問に答えていく、
次の質問が楽しみでしょうがなくなってくる。
どんどんと引き込まれていっているのが分かる、
ただ声を聞いているだけなのに気持ちが良い。
もっと聞いていたい、もっと近くで、もっと囁いて、
頭の中がミリィの声だけになっていく。
そんな僕の心を見透かしたように、
ミリィは嬉しそうににっこりと微笑む。
「……うん♪ ……ねえ、セイト君?」
「……?」
「イイコトしてあげる、こっちに来て……」
ミリィが誘うような声で近づくように促してくる。
その瞳に、まるで獲物を見るような感覚を感じて、
最初の警戒心が少しだけ戻ってきたけれど、
「ああ……」
完全に声に絡め取られてしまった頭が、僕の足を勝手に動かしていく。
「そう……もっとこっちに来て……」
「ゆっくりでいいわ……少しずつ……」
「……いい子ね」
気がついたらもうミリィの顔に手を伸ばせば届く距離まで近づいてしまっていた。
「それじゃあ行くよ、それ!」
突然ミリィは隠れていた岩陰から飛び出して僕に抱きついてきた。
「え……?」
抱きつかれたことにも驚いたけれど、
それよりも驚愕することが僕の頭を一時的に覚醒させた。
「足が……無い?」
岩陰に隠れていたミリィの下半身には足が無く、まるで蛇のようになっていたのだ。
ミリィは僕の体をあっという間にその蛇の胴体でぐるぐる巻きにして、
逃げられないようにしてしまった。
(もしかしてこれが魔物? 教会の人たちが言うには魔物は人をさらって食べるって……まさか僕のことも!?)
その想像に恐怖を感じて、
僕は何とか振りほどこうと力の限りもがいてみるがまるでびくともしない。
ミリィは、そんな僕の耳元にそっと唇を近づけて……
「大丈夫」
唇が触れてしまいそうになるほど耳元で、あのゾクゾクする声でそっと囁かれる。
「ひどいことは
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