君は最後の宝石

「空…綺麗だな。この景色を宝石にして閉じ込めて独り占めにしたら、さぞ最高なんだろうな。」

 雲一つない青空を見つめ、一匹の年若いドラゴンは呟くと、ゆっくりと寝ころび仰向けになった。

「なんてね…ぼくは何を言っているんだろう?遂に頭まで死に始めたかな?」

 そう言って起き上がり魔法で鏡を創りだすと全身を見渡す。淡い金色のストレートロングの髪、幼いながらもどこか博識さや知性を感じさせる整った顔、銅色の雄々しい双角、翡翠色の鱗に覆われた逞(たくま)しい四肢と翼と尻尾、そして144cmの小さな身体とは不釣り合いなほど豊かな胸に目が行く。だがなんといっても自身のお気に入りは、輝く桃色の瞳であった。
 ドラゴンはこの桃色の瞳こそ己の最初の宝にして宝石だと見定めていた。
 しばらく自身の瞳にうっとりと見惚れていたが、右脇腹が抉れているのを発見する。
 ドラゴンは必死に痛みをこらえながらその傷を隠蔽(いんぺい)魔法で誤魔化した。というのもこの傷はドラゴンである彼女でもってしても完全に治療することが出来なかったのだ。
 事の始まりは数日前、人里離れた山に棲む彼女の元に、正義の使者気取りの教団の大隊と激戦を繰り広げたのだ。
 結果だけで言うのならばドラゴンの大敗北であった。
 100人はいた人間は戦闘不能にこそしたが皆生きており、住み処であった山は戦闘でほぼ崩壊し、聖なる力と龍殺しの神器だかなんだかにより身体中を斬られ貫かれた。
 今し方隠した傷もその戦闘で出来たものであり、止血は何とか出来るものの治す事は出来なかった。頼る相手もおらず日に日に自身が弱っていっているのを感じるだけであった。
 そうした経緯もあり、ドラゴンはせめて静かに死のうとこの心地良い風が吹き青い泉の湧くこの場所を選んだのだ。

「ふぅ…ん?誰?」

 ドラゴンは傷を隠し終えるとどこからか何者かが近づいて来る音を耳にして振り向いた。
 すると木の陰から一人男が姿を現した。

「え…?なんでこんな所にドラゴンが…;」

 男は狼狽えながらもドラゴンから目を放さない。ドラゴンも男の顔から目を放そうとせず、まるで時が止まったかの様に静止した。

(なんだか頼りなくていまいちパッとしない男だな。だが何とも…綺麗な黒い瞳だな。あの瞳に見られたまま看取られた時には、さぞ最高なのだろうな。そうだ…)

 ドラゴンは頭の中でそんなことを考えながらとある事を思いつく。そして徐(おもむろ)に男へと近づく。当然、男は逃走を始めたので魔力弾を掠(かす)めさせて無理やり動きを止めた。

「気持ちは分かるが逃げるな。聞け。」
「うぅ…なんでしょうか?ってうわ!?何そのお腹!!」
「っ!!」

 男の言葉により咄嗟に右脇腹を手で隠すと同時に、目の前が一瞬暗転して膝をついた。
 何とか意識を保ち右横腹を見ると、傷口など見当たらないにもかかわらず止めどなく血が流れていた。

「どうなってるのそれ!?怪我してるの!?」
「…限界が近いな。なぁ君。単刀直入に言うよ。僕を今すぐ殺して。」
「え…?」

 何とか止血すると心配してオロオロしながら近づいてきた男の手を取り、そうお願いする。男は最早頭がついて行っていない様子であった。

「先日命を狙われてね、見えないだけで身体中ボロボロなんだ。今も痛くて…死ぬならさっさと死にたいんだ。」
「だ…だめだよそんなの!?そんな事頼んじゃ!!治さないと!」
「出来たらやっているよ。さぁ、その腰の剣で一思いに…」
「いやだっ!!まだ治せるかもしれないのに諦めたくない!」
「いや待って。ぼくがそれを言うなら兎も角何故君が諦めない?」
「え…だってその………だから…。」
「…?聞こえないよ?」
「と、とにかく!時間をくれよ!一週間でいい、いや、三日でいいからあんたを治療するすべを探させてくれ!」
「断る。三日も持たん。」
「…そんな…なんで俺が…」

 言い合いの果て、ドラゴンの変わらぬ態度に男が絶望した顔を見せる。
 そんな男の顔を見て胸が痛み、ドラゴンも俯(うつむ)いてしまった。

(そうか。いや、当然だな。誰が殺してくれという願いを素直に聞く?)

 そう思ったところでまたも目の前が真っ暗になった。今度は男が咄嗟にドラゴンの身体を支えた。

「…ごめん。君の気持ちを考えてなかったよ。願いを変えよう…ぼくが事切れまでの間、一緒にいてくれないかな?」

 言葉を絞り出してお願いするドラゴンに、男も震える声で答える。

「…それで…いいの?」
「うん…無理強いはしない。ぼくの我儘(わがまま)だからなこれは。せめて最後くらいは好きな物を見ながら逝きたかったからな。」
「え…好き…な者…?」

 青ざめていた男の顔が一転、ボッと音でもしそうな程に顔が真っ赤になった。それを見てドラゴン
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