人類が地球圏を統合する連邦政府を設立し、地球と月の間に存在するラグランジュ点や月面に建設したコロニーへの移民を開始して100年足らず。その1世紀にも満たない短い時間の中で、母なる青い星を傷つける戦争を幾度も起こし、自らを疲弊させていった大いなる停滞期間。
後世の歴史家はこの1世紀をそう評するのだろうか。
己にあてがわれた機体の装甲板の上で寝転がりながら、なんとはなしにそんな考え事をしていた青年の耳に怒声が届いた。
「そこはテメェの寝る場所じゃねぇんだって何度言ったらわかるんだ、この穀潰しパイロット!!」
叫んでいるのは青年の所属する部隊の整備班長、絵に描いた様な「おやっさん」という類の人種だ。
「そうは言うけどおやっさん、俺、しばらくシフトも無いし、整備の連中も今はすること無いって……」
「だったら今後の身の振り方についてもっぺん考えろ!! 今度の再編は色々面倒臭いって散々言われてんだろ!!」
己のやる気の無い反論に返ってきた更なる怒声に、青年は肩を竦めてその指摘に頭を巡らせるのだった。
中央から外れた宙域に於ける諸コロニーの警らを中心とした遊撃部隊。青年の所属する部隊は軍組織に置いて、そう位置付けされている部隊の一つだ。
当たり前だが、真空のコロニー外で民間人を襲う賊等は皆無であり、故に彼らが必要とされる仕事は殆ど存在しない。
彼らは型落ちした機材──青年のそれは、あてがう先に困った特殊仕様の試作機から特殊仕様を抜いた物、不良在庫の倉庫番の様な物だった──で定期的に所定の宙域を回り、「異常無し」と報告する任務をこなすことだけを求められる部隊だった。
先の戦争──政府内のタカ派とハト派の争い──に於いて、どちらの理も信じられず、双方から距離を取った面子の集まった部隊、と言えばある種の誇り高さも感じるが、何のことは無い。どちらに付く決断も出来ず、戦後に冷や飯を食わされている人間の集まりだ。
だが、それでも(薄給だが)飯は食えたし、逆にその境遇が彼らの中に「不良部隊の意地」の様な奇妙な気概を育んでいた。
しかし、そんな彼らの楽な仕事は終わりを告げる。
何度目かの大規模な騒乱の終結に伴う軍の大規模な再編の波が彼らの部隊にも及んで来たからだ。実質的な部隊の解体である。
軍を離れるのか、或いは真面目な部隊でやり直すのか。
そもそもここで漫然と過ごしてきた自分達が他所でやっていけるのか。
己の進退について部隊の皆が様々に考える中、青年も悩んでいた。
同僚達ほど深刻には考えていないが、これから自分はどうするべきなのか。
それに答えが出せず、ここ半月ほど茫洋と過ごしていたのだ。
「何なら気分転換に旅行でも行って来たらどうだ?」
「旅行ってもなぁ。何処に行くんだよ?」
食事に同席していた同僚の何気ない一言に青年は興味を示すが、同時にこんな辺境から行ける場所など限られていることも知っている。
「それを言われると辛いが……、そうだ、なんなら、いつも行ってるとこはどうだ?」
「いつも行っているところ?」
青年の指摘に同僚が絞り出した回答、それは意外にも青年の興味を刺激するものだった。
「ほら、お前らが毎度『遊覧』しているコロニーだよ。中でもほら、例のオンボロとかどうだ?」
同僚の口にした「遊覧」とは要するに、いつもの暇なパトロールのことで、オンボロとはそのルートの中に存在する一際古びた農業コロニーのことを言っているのだろう。
パトロールはあくまで宙域レベルのことで、実際に宙域内の個々のコロニーに足を運ぶ必要は無い。とはいえ、これまで一度も足を運んだことも無いというのが、彼らの仕事へのやる気が察せられるというものだ。
「お前にしちゃ悪くないアイデアだな」
「旧型とは言え、農業コロニーだ。あそこで『自然』の空気でも吸えば、まぁ何か感じる物があるんじゃないか?」
「二重の意味でここと変わらないだろ……」
そう憎まれ口を返すが、勧められた内容自体は悪くない。大手を振って休暇を取る機会でもある。決心した青年は休暇を申請すると、そのコロニーに足を向けるのだった。
「珍しいですね、こんなところを見学なんて」
農業コロニーへの連絡船から降りた青年を迎えた職員は開口一番、そんなことを口にした。
「うちは規模も半端な上に半世紀超えの年季の入ったコロニーですからね。真面目に見学するなら、最新鋭のもっと良いところがありますし。ここはそれこそ土と草しかないところですよ?」
口では自嘲しているが、その青年よりも少し年上の職員の声色に影は無い。
流石に「もうすぐここを離れるので、最後の思い出に」とも言えず、青年が言い淀むと、それに被せる様に職員は言葉を続ける。
「
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