歌と君に大好きを

「スペシャルフォーッ!」
 高らかにシャウトを決め、歌唱終了。画面に出た点数は見事に100点。
 そして、その数秒後。
「あー……いつ見ても可愛いなぁ……」
 映し出されたのは、扇情的な水着を着た少女の姿。
 数種類ある採点機能の中、男はいつもこのムービー採点を用いていた。
 その採点では高得点を出せば、露出度の高い衣装を纏った美女が映し出される。ヒトカラである為、羞恥心に苛まれることもない。
 そして、男が見るムービーにはいつも、この少女が映っていた。
『キミの歌、だーいすきっ!』
 画面に映っているのはセイレーンの少女。
 小柄な体躯ながら美しく長い脚を持ち、くびれたお腹は見るからにすべすべ。
 そして種族特有のふわふわな羽を揺らしながら、男に愛の言葉を投げかける。
(うんうん、ありがとう)
 彼にとっては、これが日々のストレスの発散方法。唯一のとりえだと自負している歌で彼女の肢体を鑑賞し、賞賛を浴びること。
 遥か手の届かないアイドルも、この時だけは自分に愛を囁いてくれる。
「さて、次は何を歌おうかなっと」
 一頻り堪能した後、次の曲を選ぼうとしていた男。
 しかし、この日は変わったことが起きた。
『ねぇねぇ、ちょっと待って』
「ん?」
 何故か、普段ならここで終わるムービーがまだ続いている。
 これはどういうことだろうと思っていたら、突如扉が開いた。
「やっほー!」
「えぇっ!?」
 そこに現れたのは、先程まで画面の向こうにいた少女。

「キラキラ笑顔の歌うプリンセス! 今をときめく魔物娘アイドル、綾瀬みかんでーっす!」

 ムービーと同じか、それ以上にきらびやかな笑顔で。
 ピースサインをしながら、男がいた部屋に飛び込んだ。

「え、え、えっ!?」
「やーやー、本当に100点取れるんだねー。びっくりだよー」
「いやいや、こっちの方がビックリですって! え……本人?」
「そーだよー? っていうか、こんなカワイイ子なんて、わたし以外にいないっしょー」
 イメージ通りの明るさで、あっという間に男の隣へ。そして、それに困惑してる隙に。
「ちゅ
#9829;」
 男の頬にキスをして、にぱっと微笑んだ。
「へぇっ!?」
「あれ、イヤだった?」
「いやそんな訳! あのっ、その、ファ、ファンです!」
「知ってるー。いっつもわたしのムービー見てるもんねー。それにライブも毎回来てくれるし。いつもありがとう」
 憧れのアイドルが突然現実に。限界化する男をよそに、みかんは楽しげに語りかける。
「ねぇ、お名前は?」
「えっと、その、藤崎翔太、です」
「翔太君か。それじゃ『しょーちゃん』だねっ」
「は、はい。……これ、ドッキリですか? 何かテレビの……」
「ううん、プラベだよ? わたし、ここのオーナーと知り合いでさ。歌がすっごく上手で、いっつもわたしのムービー見てる子がいるって聞いて。どんな子か気になったから、遊びに来ちゃいましたー」
 当たり前のように言っているが、翔太は驚くばかり。
 カラオケか写真集、或いはライブでしか見たことのなかった少女は今、目の前にいる。
 手を伸ばせば触れられる距離に加え、先程みかんの方から触れられた。
「あっ、あっ、あーっ!?」
「どうしたの?」
「きっ、キス! 僕、さっき、き、き、キスされた!?」
「そだよー。キミのほっぺ、結構柔らかいね」
 遅れていた情報処理が終わり、翔太は今現在起きた奇跡に震えた。
 そしてここでようやく、もう一つの重大事項に気づく。
「あのっ、み、水着!?」
「うん。しょーちゃんにとってのわたしってコレでしょ? このムービーの撮影終わりに貰ったんだー」
「げ、現物!?」
「そだねー」
 目の前に現れるというだけでも驚きなのに、着ているのは薄ピンクの水着のみ。しかも、つい先程まで見ていた撮影で使ったもの。
 遠かったはずの事象の全てが今、この部屋に存在している。
「あぁ……こんなこと、夢みたい……」
「それが現実なのだよ。ちょっと失礼」
「へ? ……痛たた!」
「ね?」
 スッと伸びた細腕に右頬をつねられ、その痛みをもって判明した。
 これは夢の中の出来事でも、幻覚でもない。
 『自分の目の前に推しがいる』という状況は、紛れもなく現実。
「ということでさ、一緒に歌お? まだ時間あったよね?」
「えぇ、はい……えっ!? いいんですか!?」
「カラオケ来たら歌うのは当然じゃん。楽しもうよ? あ、料金は気にしないで大丈夫だよ。わたしの分は勿論自腹だから」
「いやいやいや! 申し訳ないですよ! 僕なんかと……」
「ムービーの中のわたしも言ってたよね? キミの歌が大好きって。しょーちゃんの歌、生で聞かせてよ」
「……分かりました。それじゃ、その……頑張ります」
 大好きなアイドルと、カラオケボックス
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