後編.時間外勤務はベッドの中で

「海……ですか?」
「夏季休暇を使って、皆で行こうと思ってるんだ」

オフィスの快適さを守る為に、エアコンがフル稼動し始めた頃。
すっかり頭から抜け落ちていた、夏季休暇の話が持ちかけられた。

「取引先と調整して、なるべく全員同時に休めるようにする。
 光之助くんもどうだ? 青空の下、海辺でやるバーベキューは最高だぞ?
 他に予定があるとか、しっかり休みたいとかあるだろうし、強制はしないが」
「そうですね……少し、考えさせてもらえますか」
「あぁ。パンフレットを渡すから、じっくり考えてくれ」

クロエからパンフレットを貰い、席に戻る。
予定日はしばらく先だが、決断は早い方がいいだろう。

(どうすっかな……特に何の予定も無いんですよねぇ……
 なら、とりあえず参加してみますか? ただ家で寝てるのもアレだし)

適当に考えながら、パンフレットを鞄にしまい、パソコンを立ち上げる。
今日の予定は、セリスが獲得した案件のシステム作成。
設計はコンパクトにまとまっており、スケジュールにも問題は無い。

「さて、やりますか」

新天地での勤務を始めて1ヶ月。
光之助の顔には、血色が戻ってきていた。



昼休みが終わる数分前。
席に戻った光之助に、社長の第一秘書のアヌビス、カミラが駆け寄る。

「今、大丈夫か?」
「はい、何でしょうか?」
「来客だ。あまり嬉しくない類の。選択は君に委ねる」
「……?」

「ブレインクラッシュ株式会社の課長と、同社員のデブ。
 君に話があって来たそうだ。今なら、私が追い返す」

光之助の、前の職場からの来訪者。
来た理由は、何となく感づいてはいるが。

「一応、会うだけ会ってみます」
「意外だな。まだ未練があるか?」
「まさか。追い返してもいいですけど、あえて顔合わせとこうかな、と。
 アポなしで来るくらいですから、断っても多分、また来ます。
 なら、ここでケリをつけた方が早いでしょう」
「そういう考え方もあるか。なら、私と社長も同席したい。いいか?」
「構いませんよ」

今更訪れた理由。
それを確かめる為、光之助はカミラ、そして途中で合流したメリルと共に、
応接室へ歩を進めた。



「……解雇を、無かったことにしたい?」
「はい。その上で光之助を弊社の社員として再雇用を……」

来客は、光之助の元上司と、元先輩。
二人とも、最後に会った時と比べて、酷くやつれていた。

光之助を解雇してから1ヵ月後、抱えていた案件が全く進まなくなり、
ほぼ全てのプロジェクトが炎上した。
その時ようやく、今まで会社が回っていたのは、光之助のおかげだったと気づき、
恥も外面もなく、株式会社モンスターソリューションを訪問したのである。

「はいそうですか、それじゃあお返ししましょう、と言うとでも?」
「いえその……光之助! お前は分かってくれるよな!?
 お前を育ててくれた会社が困ってるんだ! 今、何をすればいいか!」

元上司がしどろもどろになりながら、ここまで黙っていた光之助に話を振った。
しかし、返ってきたのは。

「自分はあなたからも、あなたの会社からも、何一つ教えて頂いた覚えはありません。
 今、自分がするべきことは、この会社に貢献すること。ただ、それだけです」

至極当然の、決別の表明。
それを聞いた元上司と、元先輩は激昂した。

「この恩知らずめ! 誰のおかげで食っていけたと思ってるんだ!」
「役立たずのお前の為に、心を鬼にして訓練させてやったんだぞ!?
 本来ならお前なんか、パパに言いつければ簡単に……」



「黙れクズ共」



ドスの効いた声が、辺りを静めた。
その発生源は、光之助でも、カミラでもない。

「こんな優秀なプログラマーを死にかけるまでこきつかって、
 今までの所業を謝ることもせず、戻って来い?」

普段のゆるゆるとした口調も、ニコニコ笑顔も消えた、
株式会社モンスターソリューション社長、メリル。
ゆっくりと、拳を上げ。

「……っざけんなよテメェら!」

勢いのまま、目の前のテーブルを真っ二つに叩き割った。

「ひっ!」
「このテーブルみたいなことになりたくなかったら、さっさと帰れ。
 交渉はお互いにブツがあって成立する。お前ら、何があるんだ?」
「ええっと……そうですね……あっ、そうだ! 光之助をお返し頂ければ、
 私どもが御社の社員として勤務いたします! なので、どうか!」
「……カミラ、どう思う?」 
「一応、入社テスト受けさせてみますか。光之助君と一緒に。
 能力差がどれだけあるかを知れば、自分達の愚かさにも気づくでしょうし、
 光之助君、無試験でうちに入ったことに引け目感じてるって聞きましたし」
「ん、そっか。それじゃ何個か用意して。一般常識系。
 プログラミングじゃ勝負にならない
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