暗いオフィスの中、ただ一箇所、明るいモニターの前。
そこに浮かび上がるのは、青白い顔。
しかし、それは幽霊の類ではない。つまり、人間の顔である。
ただ、それが『生きている』人間かと問われると、即答はできない。
それほど、そこにいる男はやつれていた。
それも当然の話である。
彼はこれが三徹目。連続勤務日数は6ヶ月。
一日当たりの平均労働時間は、優に16時間を超えている。
「………………」
カタカタ、カタカタと、キーボードを打つ音だけが響く。
彼が打ち込んでいるのは、プログラムのコード。
顧客から注文を獲得したはいいが、その納期と作業量が釣り合っておらず、
結果として、無茶をする必要のある社員が出る、ということになっていた。
(……俺、何の為に働いてるんだろ)
IT企業入社3年目、システムエンジニア、矢畑光之助(やばた こうのすけ)25歳。
上司から押し付けられた無謀な量の仕事を、淡々と消化している。
「ハァ!? まだ終わってねぇの!?」
夜が明けて午前9時。
光之助の姿を見た上司が、最初に放った言葉だった。
「俺言ったよな!? これ納期あと2日だろって!
ったっく使えねークズだなボケ!」
「ぐっ」
右頬に、拳が飛んできた。
土気色をした顔のこと等、一切気にしていない。
そもそも、元はといえばこの上司が元凶。
自分の営業成績を上げる為に、無茶苦茶な案件を安請け合いし、
現場の状況おかまいなしに、仕事を押し付けたのである。
「あーあーお前のせいで大損こいちまうなー!
お前の代わりなんてごまんと居るんだぞ? あ?」
「……すいません」
「すいませんで済んだら警察いらねーんだよクソが!」
「つっ」
今度は左頬に平手打ち。
暴力を振るうことに、何の躊躇も無い。
「当然、明日明後日の土日もやれよ?
仕事できねークズに休む資格なんてねーんだからよ!」
「……はい」
労い一つ無く、自分の席へと向かう上司。
すると今度は、酷く太った社員がやってきた。
「おうおうノロマだねー。俺ならおとといにゃ終わってるぜー?
お前の訓練の為にくれてやったけど、こりゃ失敗か?」
光之助の1年先輩に当たるこの社員は、本来なら同じくプログラミングをしているはず。
しかし、彼は『後輩を育てる為』と言って、自分の仕事の丸投げばかりしていた。
「会社かかってんだぞ? いつまで学生気分でいるんだか。
さっさと終わらせろよ?」
「……はい」
あくびをしながら、自分の席に戻っていく社員。
どうやら、嫌味を言う為だけに来たらしい。
「……やるか」
顔色一つ変えることすらせず……というより、そんな気力も無く。
光之助は作業に戻った。
「…………」
午前2時。
4日ぶり、無言の帰宅。
ほぼ物置と化している部屋は、散らかり放題。
家賃3万円のワンルーム。風呂は無い。
万年床となった布団の他は、カップ麺の容器と、空になった栄養ドリンクの瓶、
あとは電気ケトルと古雑誌がある程度。
とてもではないが、人が住んでいる部屋とは思えない。
「………はぁ」
見る目が無かった。そうとしか言えない。
複数社の内定を貰い、色々と考えた結果入った今の会社は、典型的ブラックだった。
老害と化した上司、コネ入社のボンボン、サービス残業の常態化他多数。
求人情報には年間休日120日以上とあったが、入社以来あった休日は1桁。
同僚は入って数ヶ月で、全員が辞めた。
そんな会社でも、彼が辞めないのは理由がある。
単純な話、彼は借金の返済に追われていた。
奨学金を借りるのが嫌だった彼は、学費免除の特待生として大学へ進学。
無事卒業し、さぁ働くぞとなった矢先、両親が他界。
その時に分かったのが、両親が借金の連帯保証人になっていたということ。
結果、自動的にその立場が相続され、多額の負債を背負うこととなった。
今の会社に入ってからは転職先を探す余裕も無く、思考停止状態で馬車馬のように働く日々。
それでも貰える給料は、雀の涙と言うのもおこがましい程。
根が真面目なこともあって、無断欠勤するということもしておらず、
ただただ、死神から逃げながら働いている。
借金を返し終わる前に、自分は死ぬだろう。
光之助は、そう思っていた。
「お前に客だ。失礼な真似したらぶっ飛ばすからな!」
翌朝、開口一番上司から。
全く覚えがないが、ある企業の役員が自分に会いたい、とのことらしい。
「……失礼します」
疲労を悟られないように、可能な限り顔を作って、応接間へ入室。
そこにいたのは。
「こんにちわぁ〜」
明らかにこの場にそぐわない、小柄な少女。
その頭には、左右で大きさの違う角が生えており、着ているスーツはサイズが足りない。
具体的には、体躯に不釣合いな
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