蛇の恩返し

手帳を開き、貼り付けてある写真と、樹木の根元に生えている草を見比べる。

「これも違う・・・そんなに珍しい薬草でも無い筈なんだけどな」

彼の名はギア。薬師を志して故郷より薬学が発展している城下町へ移り住み、
専門学校を卒業した後、巷で名を馳せている薬師の住み込み弟子として
研究漬けの日々を送っている。
実験に使う為の薬草を採るため、図鑑の情報を頼りに近くの山に来たのだが、
目的の薬草どころか、薬として使えそうな草すら見つからない。

「このままじゃ帰れないなー・・・うん?」

何かの、声が聞こえる。
気になった彼は、声がするほうへ歩を進めてみた。

「このっ、このっ! あーもう! ついてないわね・・・」
「あれは・・・」

そこにいたのは、罠にかかったラミアだった。
蛇体の端がトラバサミに引っかかり、抜けなくなっている。

「だけど妙だな。トラバサミの罠は大抵ハサミの部分を思いっきり開けば
 抜けるはずなんだけど」

現に、そのラミアは蛇体をくねらせトラバサミを開こうとしているが、
一向に開く気配が無い。
その時、彼はある事を思い出した。

「そういえば、最近は魔物を捕まえて売り捌く為に、専用の毒を塗った罠が
 用いられているって話があったな・・・って事は、もしかして・・・」

気になった彼は、さらに近づいて罠を調べることにした。



「その・・・ありがと」
「気にしないで。手持ちの薬で間に合ってよかったよ」

案の定、刃に毒薬が塗ってあった。
常に持ち歩いている実験用手袋をはめてトラバサミを外した後、
傷口に手当てを施し、今に至る。

「にしても酷い事する奴もいるな。これ違法薬物じゃないか」
「正直焦ったわ。大抵の罠は力任せに体を振ってれば外れるんだけど」
「筋肉を弛緩させる系統の毒だからね。人間だったら命にも関わってくるよ」

適当に話をした後、彼は立ち上がり、ラミアに別れを告げる。

「それじゃ、僕は用事があるからこの辺で」
「待って。貴方の名前は?」
「僕? ギア。ギア・アルシアだ」
「ギアね。私はエミュ。1週間くらい後に、ここの山を越えた先にある洞窟に来て。
 お礼がしたいの」
「だから、気にしなくて・・・」
「こういうので借りを作ったままって、何か負けたみたいで嫌なの! いい、絶対来なさいよ!?」
「あー・・・うん、それじゃ行くよ」



1週間後。
約束通り、山を越えた先にある洞窟へと来たギア。
入り口は縦・横共に2m程度あり、中は割りと明るい。

「いらっしゃ〜い♪ ささ、中入って!」
「あぁ、それじゃ・・・」

エミュに連れられ、中に入る。
・・・実はこの時、彼はある違和感を感じていた。

(何となくだけど・・・この前遇った時と比べて見た目が違うような気がする・・・)



「この洞窟は色々と薬の材料になる物が採れるの。例えばそこのキノコとか」
「え? うわっ、これ師匠も滅多に手に入れられないって言ってたカラステングダケじゃないか!」
「他にも沢山あるから、好きなだけ採っていっていいわ」
「ありがとう! 何か、逆に申し訳ないな・・・」

そう言いつつも、目を輝かせて採集に勤しむギア。
その姿は実に幸せそうである。

・・・が、彼は気付いていなかった。
それを見つめるエミュの視線に、仄かに熱がこもっている事を・・・



「本当にいいのかな、こんなに貰っちゃって」
「大丈夫。ここは結構珍しい植物がよく育つ所みたいだから、またすぐ生えてくるわ」
「ありがとう。きっと師匠も喜ぶよ。それじゃ、そろそろ・・・」
「待って。まだ『とっておき』が残ってるわ」

そう言って、洞窟の奥へと向かうエミュ。
数分後、彼女は何かを持ってきた。
長く、太く、白い縄のような物。よく見ると規則正しく模様がついている。

「これは一体?」
「私の抜け殻。知ってると思うけど、ラミアの抜け殻って、すごく高級な薬材料として
取り扱われてるのよ」

そう言って、自身の抜け殻を手渡すエミュ。
ギアは、生まれて初めて見るラミアの抜け殻に、薬師としての感動を覚えていた。

「この前遇った時と比べて何処か変わったなと思ったら、こういう事だったんだ」
「脱皮の時期がそろそろだったから、折角だと思って」
「まさか、こんな物まで貰えるなんて・・・感謝してもしきれないよ」
「私にとっては3年に1回位で手に入る物だから、そんなに価値は感じないんだけどね」
「本当にありがとう。そうだ、お礼のお礼になっちゃうけど、何か僕に出来ることって無いかな?」

そう言った直後、突然ギアは地面に倒れた。
いや、正確には、『押し倒された』と言った方が正しい。
では、誰に押し倒されたのか? 
・・・この洞窟にいるのは、ギアの他にはただ一人だけである。

「うふふ・・・それじゃあねぇ
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