21.誰だお前

旅立ちからおよそ半月。ラシッドからタリアナ、ロコ、ノノン、シャルクと街を渡り歩いてきた二人。
その間、様々な出来事に遭遇し、それに伴いシロの心身は大きく成長していった。
その事を考慮しても、一体誰がこんな状況が発生すると予想できただろうか。

「・・・えっと?」

何とか、疑問の声を出すのが精一杯。
無茶苦茶に意味の分からない事を前にし、頭が回らない。
・・・ただ、もしかすると、頭が回っていないのは、むしろ。

「ふふっ、どうしたんだい?」
「いや、どうしたも何も・・・お前・・・本当にシロか?」

目が据わっている。瞳孔もやや開き気味。頬は紅い。
そして何より。



「今更、何でそんな当たり前のことを聞くのかな? 『僕のエトナ』」



自分を押し倒した相手は、これまで旅を共にしてきた少年に違いない。
しかし、彼はエトナの知る『シロ』とは、何もかもが違っていた。



(・・・落ち着いて、もう一度考えよう)

おかしな事になっている。おかし過ぎて理解出来ず、
逆に冷静にここに到るまでの事柄を分析する事が出来た。

(まず、アタシは今、シロに押し倒された。で、シロの様子がなんかおかしい。
 疑問はとりあえず、『何でシロがこんな事になってるか』だけど・・・あっ、もしかして)

視界の端に映ったワイングラスが、ヒントになった。
記憶が正しければ、シロのグラスに入っているのは、2杯目のワイン。
杯数は問題ない。しかし、その中身は。

(アタシが注いだけど・・・もしかして、間違えた?)

虚ろな目、紅潮した顔。普段と全く違う言動。
もし、注いだワインが自分のものだとしたら、辻褄は合う。

シロはエトナが注いだ、アルコールの入った普通のワインを飲み、
その酔いが回った結果、ここまで豹変する事となった。

(というか、それ以外に無い)

結論は出た。ではどうするか。
その対策を考えようとした途端。

「んっ!?」
「・・・んっ」

突然、舌を入れられる。そのまま歯列をなぞり、唇を食み、蹂躙する。
一方的で、情熱的なディープキス。
無防備に開かれていたエトナの口内を余すことなく舐り尽くし、数回舌を吸った後、離れる。

「ダメじゃないか。僕だけを見てなきゃ」

自然と視線を逸らしている形になっていたのが、気に入らなかったらしい。
甘く、色っぽく囁くその姿は、もう少年では無い。

頬から顎にかけての輪郭のラインを指でなぞりながら、

「君は、僕だけのモノなんだから」

などと言う男を『少年』と形容できるはずが無い。

数多の戦いの経験によって研ぎ澄まされた感覚が、本能的に働く。
前例のない状況だが、ひしひしと感じられた。

(・・・これ、マジでヤバいヤツだ)

生真面目で理知的なシロから、その二つの要素が消える。
鬼が出るか蛇が出るか。もしくは、その様なものでは済まないか。

娯楽都市の夜が明けるまでには、数時間かかる。



唾液を啜る、淫靡な水音が響き続ける。
あれからずっと、シロはエトナの唇を離さない。

その責めはまるでエトナを堕とす為だけに習得したかのような、緩急織り交ぜたもの。
激しく暴れまわったかと思えば、ねちっこく絡め合わせ、口元を舐った次の瞬間には喉付近にある。
ただ無茶苦茶にするだけなら、エトナの方に分があった。
逆に言えば、この勝負では五分にすらならない。

勿論、オーガの力を揮えば、少年一人など簡単に引き剥がせる。
しかし、それは通常の状態での話。

(んっ・・・んぁぁっ・・・あんんっ・・・)

脳を蕩けさせ、麻痺させる口技にされるがまま。
こんな状態では、身体に力を入れる事さえ不可能。

薄れる意識の中で思う。
今更遅い。その時に思いつくはずが無い。でも。

(殴ってでもいいから・・・剥がすべきだった・・・)

後悔せずには、いられなかった。



たっぷり一時間、エトナの口を犯し倒したシロ。
酒がさらに回り、より紅くなった頬をエトナと擦り合わせる。

「ふふ・・・可愛いよ、僕のエトナ」

潤いさえ感じる声が、エトナの鼓膜を伝い、全身を撫でまわす。
力を奪われ、意のままにされる立場に堕とされた事が、ひしひしと感じられた。

「なぁ・・・シロ、だよな?」
「まだ信じられないのかい? 僕はシロ。君が名づけてくれたじゃないか」

本当に、シロなのか。実は全く違う何かではないのだろうか。
不安に押し潰されそうになるという、今まで全く感じなかった気持ち。

妖しい雰囲気を纏った、艶美な少年。
名前の由来となった白い肌は火照り、溢れる程の色気を醸し出している。

「安心して欲しいな。僕は愛する人を困らせるのは好きだけど、怖がらせるのは好きじゃない」

加えてこの台詞回し。
悪戯っ気も大人びた声も、普段のシロには存在しない。言うなら
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