「うーん、デーモンの魔物娘かぁ…」
公民館の会議室のような、20人ほどが入れるスペースくらいの広さの部屋の中で、さっぱりとしたスポーツ刈りを蓄えた、学生程の年齢であろう青年がひとりでにそう呟いた。
「あら?何か思うところでもあった?」
隣で同じく座っていた、恐らく恋人であろう鳥類の魔物娘が、身長差からか男の顔を下から覗き込みむように見上げて、クリクリとした目で男をみやる。
「いやあ、魔物娘の中でも悪魔族は過激だからなぁ、この講座ってのも一体どんな行為を見せられるのかと思うと、今更尻込みしてきて…」
席と一緒に固定されているテーブルの下で、やや不安そうに手を揉みながら周囲をキョロキョロする青年。周囲には同じように魔物娘とその恋人たちが講座を受講しようと、席に座って待機している。
「っふふ、大丈夫だよ。講座って言っても私達はただ見てるだけだし、気分が悪くなったりしたら途中で出ていけばいいし、ね?」
怪訝な顔をする青年を尻目に、恋人である魔物娘は不安を拭うように微笑みかけながら声をかける。
「確かにそうだけどさ、デーモンって契約した人間に対しては紋章の力で何でも命令できるんだろ?」
「うーん確かに契約の文言だけ見ればそうよね〜」
足をパタパタとさせながらリラックスする魔物娘の少女とは対照的に、未だに落ち着かない様子の青年。
「それってつまり、どんなにひどいことしても絶対逆らえないんだろ?俺、痛そうなのとか見るだけで気分悪くなっちゃうから、キツイんだよな…」
「えぇ〜?いくらデーモンが過激でそういう力持ってるって言っても、流石に魔物娘が恋人の嫌がることはしないでしょ〜」
腕組をしながら目を閉じ、う〜んと唸る青年と後ろ手に椅子を掴みながら背もたれにもたれかかる少女。
「でもさぁ、もしこれでボンテージ姿のデーモンと傷だらけの男なんて出てきたら俺トラウマになるぞ?」
「いやいや、そんなんじゃないと思うけどな〜」
「俺痛そうなのとか辛そうなの耐性ないんだよ。自分がされる分には結構そういうの強いタイプなんだけど」
「うふ、知ってるよ。まあでも、契約の力でデーモンが欲したらいつでも精を捧げなければならないから、いきなり夫の前に現れて『おい、よこせ』とか言って無理やりされたりとかそういうのはあるんじゃないかな〜?」
あれこれ想像をしている恋人二人、想像の内容には差があるが、得てしてデーモンのイメージとはこういうものだ。余人曰く『魔物娘の中でも殊更危険な思想を持つ』『夫のことは奴隷や、精を貯めるタンクのようにしか思っていない』『絶対的な契約を盾に、加虐嗜好を満たすために男を嬲る正に悪魔』
愛と忠誠を永遠に誓わせ、いつでも好きなようにできるという契約の内容と、悪魔という言葉、その名に違わぬ見た目の凶悪さから、尾ひれ羽ひれが付いた結果、デーモンのイメージはこうした凶悪なものになってしまっていた。デーモンが希少な種であり、魔物娘と人間が平和に暮らす世でも、実際に見たことも会ったことも無い者が多いことも、根拠のない風評が広がった原因でもあった。
実際には契約の文言は全て彼女達にも適用されるため、仮にそのように無茶苦茶な命令をすればすぐにやり返されてしまうし、そもそも愛情深いデーモンが契約をそのように利用することがありえないため、上記のような風評はほぼ全て間違っていると言っていいだろう。
奴隷というのもまさしく愛の奴隷であり、お互いがお互いに愛の奴隷となって貪り合う。そんな関係である。それをこれからまじまじと見せつけられることになるというのは、上記の風評を元に怖いもの見たさや、珍しいもの見たさで集まってきた恋人たちにはまだ知る由もない。
尤も、恋人達も何もデーモンを好奇の目で見て蔑んだり嘲るためにこの講座に来たのではない。彼ら、彼女らは純粋に、魔物娘の中でも高位の魔物であるデーモンの講座で、恋人と今まで以上に愛し合う術を学ぶために来たのであり、そこにそういった曝露などの悪意というものは介在していない。
さて、その講座だが、タイトルは『恋人とより愛し合う為のデーモンの講座』という直球かつ簡素な題名の講座であり、参加条件は安価な参加費と、恋人や夫妻の魔物娘と人間(インキュバス)であることで、独り身の男女は受講できない。講座の内容に関しては、動画を交えてデーモンが説明する講義を受けるのみとのことで、参加条件さえ満たせば気軽に参加できる内容だ。
宣伝に使われたポスター等に関しても意外なことに、情欲を煽るような色使いやイラスト、または写真は使われておらず、淫らな言葉や挑発的な文言なども一切使われていないシンプルかつ事務的な代物だった。
デーモン
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