「・・・」
地面に沈みかけた日が反魔領の森の木を赤く照らす中、獣道といっても差し支えなさそうな荒れた道を一人の旅人が馬車も連れず、静かに歩いていた。背はそこまで高くない、へたするとそこらの村や町にいる少年たちと変わらない程度だろう。
頭から全身を覆う黒い外套は、裾が擦り切れていたり、ザックリとした切り口がある飾り気のない貧相なもので、荷物が入っているであろう彼の背負った皮袋はずいぶんと小さい。それだけなら、ただの貧しい流浪者か浮浪者なのだが、彼の放つ雰囲気は戦争の、魔物とのいさかいではなく人同士の殺し合いから帰還した者のそれだった。
「・・・」
彼は、終始無言で進んでいく。
いや、無言というよりも話す相手がいないといったほうが正しいのだろう。
彼が歩み続けて数分経ったころだろうか、突然、彼の頭上で数羽の鳥が荒くあせりながら羽ばたいていき、急に静かだった森が騒がしくなり始めた。遠くで、微かに馬蹄が地面をたたく音がする。明らかに人が近づいている証拠だ。
「っ・・・」
彼は素早い動きで片手を皮袋のなかにつっこんだ。
と、そこまでしてから彼は、はじめて自分の行動に気づいたかのように自分の姿勢をまじまじとみて自嘲的なため息をついた。そんなことをしていると、近づいてきていた馬蹄の音がだんだんと小さくなっていた。
どうやら、こちらにどこか別の方向に曲がっていったらしい。
「・・・ふぅ」
ガサガサガサガサッ!
「・・・っ!」
「ぅ・・・」
すぐ脇の茂みがゆれ、その中から獣の形をした足と手が灰色の毛で覆われた少女が切り傷を負った右肩を押さえ、苦しそうにうめきながら出てきた。
その手や、足、頭から伸びる三角の耳や尻尾は、彼女が人外の存在、魔物のワーウルフであることを主張していた。
「うぅ・・・」
傷が痛み、彼女は触れれば折れてしまいそうなか細い右肩を押さえしゃがみこんだ。と、その拍子に旅人の姿を見つけ、ギロッとその大きくつり目がちな灰色の瞳で彼をにらんだ。
「人・・・っ」
「・・・」
彼女が憎憎しげに言うのにもかかわらず、旅人は何かを皮袋から引き抜くと、彼女に近づきその毛で覆われた腕をとった。
† † †
「さ、さわらないでっ!」
彼女はすぐさまその手を振り払おうとするが、
「!?・・・っ!・・・!?」
「静かにしてろ。痕が残ってもいいのか?」
魔物でも筋力や肉体のスペックの高さに定評のあるワーウルフだ。成長途中であるとはいっても、彼女の腕力はすでに人間などの数倍もあるはずなのに、全力をだしても彼の手は振り払えなかった。
この人間、何者・・・?と彼女が彼の外套のフードで覆われて見えない顔をみようとしていたとき、怪我をしていた右肩の傷口にひんやりとしたものが触れた。
「ひゃっ!?」
「ぁ、悪い。すこし染みるぞ」
やってから言うな!と言いたくなったが、それ以前に彼女には、指先に緑色の塗り薬をつけて自分を手当てする彼の行動が理解できなかった。
ここは反魔領。魔物は悪とされ、差別、私刑の対象とされるのが普通であるし、実際彼女もそんな目にあってきたのだが、目の前にいる男はどうだろうか、みたこともない傷薬を出して魔物の傷を治療している?
彼女には彼に何か狙いがあるのではないか、と疑わずにはいられなかった。
「な、なんのつもり・・・?痺れ薬でも混ぜて、あとから捕まえやすくする気・・・?」
「は?」
心底予想してなかったという声が外套の内側から漏れた。彼女にとっても、その声が意外と若そうなのに驚いた。
だが、その外套姿の男はその後にとんでもないことを言った。
「あほか。そんなことして俺に何の得がある。勘ぐるなら、恩でも売って後からいやらしいこと要求するんじゃないか、とか勘ぐれ」
「なっ!」
「ま、お前のこのちっこい体じゃあ望み薄だけどな」
「なななな!?」
彼女は旅人の小馬鹿にした口調に顔色を赤くさせ、赤黒くした。
もちろん、はじめは恥じらいだが、その次は怒りで、だ。
確かに彼女の体はまだ未熟で、成熟したワーウルフよりかいたる所のボリュームややわらかさがまだ足りないのだが、それでも、そういうこともまったくわからなく興味もないほど子供ではなかった。
「こ、っこの!なによ!いきなり出てきて治療して人のこと馬鹿にして!」
「おいおい、そっちから道に飛び出してきたんだろ」
「むきーー!」
何がおかしいのか、くくく、と笑いながら旅人は言った。
その笑みが、ただ楽しんでいるのか、それとも小馬鹿にしているのか、フードに隠れてわから
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