こと戦においては無敵を誇るエルだが、彼にだって弱点がある。
それは……海での戦いの経験が一切無いことだ。
当然だが海上での戦いは陸でのそれとは勝手が大きく異なる。
ただ船をどつき合わせるだけではなく、戦場の地形・海流・天候を
しっかりと把握し、それに見合う船と戦術を用意することが求められる。
また、この時代の海の主力はガレー船といって、動力は人力に頼っている。
漕ぎ手の労力は相当酷く、全力で船を動かすと1時間も持たない。
こうした一連の要素は知識でどうにかなるものではなく、経験がすべてなのだ。
「報告しますエル様、レーメイアを出発した海軍がそろそろ到着するようです。
ジークニヒト提督とインゼルメイア提督率いる約520隻の艦隊が、
すでにチェンバレン近海まできています。」
「ん、分かった。ようやく来たな……これで少しは戦況に変化が出る。」
訓練中にエルは書記官から報告を受け、海軍が来つつあることを知る。
全開の攻城戦からすでに3週間が経過し、未だに膠着状態が続く戦場に
ようやく大きな変化が訪れ始めたようだ。
「聞きましたよエル様、ようやく海軍が来るそうですね!」
早速マティルダが話に割り込んでくる。
彼女の全身真っ赤な装備は赤道直下の真夏の日差しを受け
余計暑苦しく見えるが、まあこの際気にしないことにしておく。
「でもエル様……今まで海の上の戦いなんてやったことありませんが、
大丈夫なのでしょうか?」
「ん〜…自信がないこともないが、正直やってみなきゃわからん。
あとはあの二人の提督に任せた方がいいかもしれないな。」
「半年で落とすって言ったからには下手に時間はかけてられませんね。」
「そうだな…」
数日後には海軍が来る。海軍をいかに活用して要塞を落とすか、
いくら考えてもこの時点では皮算用にしかならなかった。
「かしらっ!てえへんです!一大事でさぁ!!」
「おう、どうしたそんなん慌てて、敵の援軍でも来たか?」
少し遅れてカナウス要塞のアロンの元にも十字軍船団到来の報がもたらされる。
「その通りでさぁ!!奴らの増援の船団が来やがりました!
あっしらの見立てじゃ軍船がざっと500隻ってとこでさぁ!」
「おいおい冗談じゃねぇよ、海賊相手に500とか何考えてやがんだ。
ま、そんだけ俺らが怖えぇってことなんだろうな。おっしゃ、いっちょやってやるか!
ロロノワ、頭目どもをいつもんとこに集めとけ!出撃の準備だ!」
「がってん!!」
カナウス要塞はにわかに慌ただしくなってきた。
暇を持て余していた海賊たちは久々に一暴れせんと各々武器を取り、
要塞内だけではなく周辺の無人島や岩礁に隠していた海賊船を引っ張り出して
本格的な出撃の準備をあっという間に整える。
正規軍なら普通は丸一日準備にかかるのに対し、身軽な海賊たちは
すぐさま行動に移れるようになっている。準備には1時間程度しかかからない。
そしてアロンは頭目を集めて簡単な作戦会議を開く。
「おっしゃ、お前らよーく聞け!今回は久々に大物が相手だ、それも最大級のな!
このままあいつらに合流させるとちぃと面倒だ。速攻で片付ける。」
「ねぇアロンさん…相手は500隻近くいるって本当?大丈夫なの?」
フランがやや心配そうな声で質問する。
「なぁに心配はいらない、確かに俺たちの持っている船の数は奴らの10分の1くらいだが、
俺たちには海賊流の戦い方ってもんがある。真正面から戦う必要はないわけだ。そうだろう?」
「おうよ、スクワイアの言うとおり、あんだけの数に対してタイマンなんざ考えてねぇ。
あいつらが戦ってる相手がどんな奴らか存分に教育してやろうじゃねぇか!」
『アイアイサー!!』
カナウス海軍出撃。集められた軍船の数は総勢64隻…海賊にしては破格の多さと言える。
イル・カナウスが保有する軍船は比較的大型で浅瀬や干潮時でも対応できるように船底が低く、
大波や強風にも対応できるように船首や船尾を普通の軍船より高くすると共に、
毛皮などを使った頑丈で強力な帆を装備している。
この独特の海賊船は昔から周辺国の船を大いに苦しませてきた。
普通のガレー船ではこの船に太刀打ちできずに為すすべもなくやられてしまうという。
その強さの秘密は……これから十字軍海軍が身をもって味わうことになりそうだ。
さて、ついに十字軍本陣まであと三日までの距離にまで来た、噂の海軍。
帝国海軍やユリス諸国同盟の海軍国、さらには大急ぎで新造された軍艦を含めて総勢518隻は、
ユリス諸国同盟最大の海洋国家であるモルヴィアンの領主であり、
かつベテラン提督ジークニヒトが率いている。
また、副将にはこれまた海の名将と名高いインゼルメイア提督が控え、
その他にも6人の提督がそれぞれに割
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