U:陽と陰と【Double persona】 3章

窓の向こうには、晴れ晴れとした青空が見える。
私にとって、窓は世界の全て。窓を覗けば世界を覗くことが出来る。
朝夜の移り変わり、風の行方、季節の巡り。
何もない時はいつも、窓の外の世界の移り変わりを眺める。

私が窓の外に映ることは決してない。
私にはそれが許されていないから。
私には…窓の外に一人だけで生きる力はないのだから。


しかし、今私は窓の外に立っていた。

窓の外からいつも見ている城壁は私の後ろにあり、
目の前には今まで見たことがない風景が広がっている。
初めて見るお城以外の建物、見たこともない服を着た人々が大勢歩きまわる。
まさにここは別の世界。徐々に好奇心がわき上がる。

しかし世界は思っていた以上に広く、思っていた以上に複雑だった。
一歩歩くごとに周りの風景は大きく変わっていき、
自分がどこから来てどこに向かっているかすらも分からなくなった。
ここはどこだろう?でも人に聞くことはできない。

怖い…助けてほしい…だけど…


「えっと、どうしたの?」

いきなり誰かに声をかけられた。驚いて声がした方に顔を向けると、
赤毛の男の子が立っていた。どうやら私に話しかけてきたのは彼のようだ。
咄嗟にどう反応していいか分からず、勢いで返答してしまう。

「べつにあやしいっておもったわけじゃないけど…
ただ、みないかおだな〜っておもったし、なんかキョロキョロしてるから
もしかしてしらないまちにきてまいごになったのかなって。」

なんとかその場をごまかそうとするも焦ってしまい、
寧ろ余計好奇の目を向けられてしまった。
まずい…私の正体ばれたらどうしよう。
そう思うと余計必死になって弁明する。
私の顔はきっと真っ赤になってる…分かるくらい顔が熱い…
男の子は何とか納得してくれたようだ。少しほっとする。

「でも、このへんはあまりみててたのしいものないよ。」

まあ…それはそうなんだけど。
それに私にとっては楽しい物がどこにあるなんて分からないんだもん。

「ねぇ、せっかく外に出たんだ。もしよければぼくがみちあんないしようか?
ぼくもきょうはこれといってやることはないから。
たのしいところをいっぱいみせてあげるよ。」

まさに夜道で天使にあったような千載一遇のチャンス。
偶然出会えたのが優しい男の子でよかった。
私は遠慮なく男の子の好意に甘えることにした。
さて、まずはどこに案内してもらえるのかな?ワクワクが止まらない。

「どこかいきたいところ…っていってもわかんないか。
そうだ!じゃあまずあのおおきなおしろから…」

速攻で拒絶した。

「なんで?おしろ、おっきくてりっぱですごいんだよ?」

折角お城から出てきたんだから、また戻るなんてまっぴらごめんだ。
っていうかもしかして男の子もお城に住んでる人なんだろうか?
でも私の正体には気づいていないようだし…
とにかく私は全力で彼の提案を拒否した。

「ううん、そこまでいやならしょうがない、ほかのところにしよう。
まずはいっしょにいちばでもみていこうか。みてるだけでもたのしいよ。」

必死の説得のかいあって、目的地を変更してくれた。
どうやら「いちば」という所に連れてってもらえるらしい。
見てるだけで楽しいところなんていったいどんな所なんだろう?
早く言ってみたい一心で、私は男の子が差し出した手を握る。
そう言えば…名前聞いてなかった。

「そうだ、きみのなまえは?」

おっと、向こうから先に聞かれてしまった。
正直に名乗ったらばれちゃうかもしれない。ここは偽名を使って…
じゃあ…何て言う名前にしようかしら……

「?」

ルビーのような赤い目が、私の顔を覗きこんでくる。
まずい…また不審がられちゃうかな?でもいい名前が咄嗟に思い浮かばない。
ああもう、こうなったら私は『クリス』ってことで。

「クリスかぁ。けっこうふつうのなまえだね。」

あ、よかった。ちゃんと納得してもらえたみたい。でも普通の名前って……
そういう君は何て言う名前なのかしら?

「ぼく?ぼくのことはクルトってよんでくれればいいよ。」

クルト、ね。私と一緒でクから始まるんだ。そう考えると親近感が湧いてくる。
私は一日だけクリスとして、クルトと一緒にこの世界を…

ふと、思った。

そうだ。ついに私は、今まで見ているだけだった場所に入れてもらうことが出来たんだ。
窓の外は私にとっては劇場、そこに移る世界には私は存在しなかった。
私は『女の子クリス』という役で舞台の上に立ったんだ。
初めてだから演じ方なんて分からないし、台本だってない。
でも…クルトがいるから大丈夫。離さないよう私の手を握って、無邪気に笑ってくれる。

さあ、一緒に行こう。私とクルトの舞台の上へ。


そして…出来ることなら……ずっと………

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