この国は嫌な国だった。
魔界で生まれ、純粋な『幸せ』を知っている私は、
この国に渦巻いている『偽りの幸せ』が嫌いだった。
力で無理やり奪う幸せ
金で取引される幸せ
他人を不幸にすることで生まれる幸せ
たとえ幸せの感じ方が人それぞれだったとしても、
どうしてこんなに歪な形でしか幸せになれないのだろう。
でも…
この国には私を必要としている人がいるみたい。
だから私はその人のために役に立ってあげたいから。
傷を癒し、疲れを癒し、悲しみを癒したいから。
私は、このいやな空気が渦巻く夜道を進む。
大丈夫、夜空に輝くお月様も応援してくれてる……
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「こんばんは、クルト……会いたかった……」
「クリス…様?」
赤いドレスをまとった、美しくそれでいてかわいらしい姿。
クリスティーネがそこにいた。
「少し、話がしたいの。いいかしら?」
「…ええ、どうぞ。玄関で立ち話をするのも難ですので、こちらに。」
「ありがとう。」
クルトマイヤーはまだ少し警戒感を抱きつつも、
クリスティーネを居間に案内し、簡素な椅子に座らせた。
「クリスティーネ様。」
「クルト…今は私のこと、クリスって呼んでくれないかしら。」
「さ、左様ですか。では…クリス様、このような夜分にどのような御用事で?」
クルトマイヤーは勤めて冷静に対処してはいるが、
内心は非常に混乱していた。
なにしろあれだけ自分のことを嫌っていて、なおかつ
高慢で不遜な態度のクリスがとてもしおらしくしているのだから。
一方でクリスティーネもまた、非常に緊張しているのか
椅子に座っていながら顔を赤らめて、縮こまっている。
「実はね……クルトに謝りたいことがあるの。
もう、許してもらえないかもしれないし、
何をいまさらって思うかもしれない。
でもね、だからといってこのままじゃ……クルトに申し訳なくって…」
「………………………」
「ごめんなさいクルト!あのとき…思い切りあなたを叩いてしまった。
長い間離れて暮らして…やっとあえたのに、あんなことしたなんて……!
私は…わたしはっ!あなたを傷つけてしまったの!」
「クリス様…そのような……」
クリスティーネは謝りながら泣き出していた。
目から涙がこぼれ、彼女のほほを伝う。
「私もね…あなたとまた会ったときに、立派になったってほめてもらえるように
お姫様としての勉強もいっぱいしたわ。毎日毎日…辛い事も多かったけど…
クルトとまたあえるならって思えば…我慢できた。
でもね…私たち貴族の教養って……本当にくだらないもの……
だって、結局は人を見下すためにしか使わないものだったから!」
とんでもないことを口にするクリスティーネ。
口調から察するに、本心から出た言葉であることは間違いない。
「私の心が弱かったから…くだらない見栄のために…
クルトのことを嫌うように……周りから強要されたの……
でも…悪いのは私だから…!クルトも私のために努力してきたって知ってるのに
素直になれなくて!傷つけることしかできなくて!でも……でもっ!!」
「クリス様……そのようなことが……」
クルトマイヤーは涙を流すクリスティーネの言葉からようやく気づかされた。
彼女は自分との約束を裏切ったわけではなかった。
むしろ、努力するあまり方向を失ってしまい、
気付いたら自分にうそをついて生き通すことになってしまったのだろう。
クリスティーネは悪くない。
なぜなら、自分も似たようなものだから。
「俺…いや、僕もあの日から、騎士になるために必死に努力しました。
それもクリス様に再び会えるようになるには並みの努力では不可能です。
余計な望みは一切捨て、ひたすら強くなるためにすごす日々は、
子供の自分には耐え難く、辛いものでした。
笑うことも泣くことも許されず、ただ戦うために今の俺は有るのです。
しかし…その日々を支えていたのは…ただクリス様に再び会いたいがため…」
「そんな…もしかして、クルトも………」
「馬鹿なのはむしろ僕のほうです。いくら強くなっても、
こんな死神のような僕では…クリス様に嫌われて当然でしょう。
クリス様は悪くありません。むしろ約束を破ったのは僕のほうで…」
「違うの!クルトは悪くない!わたしが……っ!」
と、ここで二人は同時に気がついた。
結局自分たちはただすれ違っていただけだということに。
そして今でも、お互いが抱いている気持ちに代わりがないことに。
「ふ…ふふふっ……クリス様、また会えたこと、とてもうれしく思います。」
「っ!!クルト!」
クルトマイヤーが見せた、子供のときのままの笑顔が
彼女の感情を押さえ込んでいた何かを決壊させた。
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