第18章:水上要塞カナウス 後編


突然エルによって発表されたカナウス要塞攻撃の指示に、
その場にいた師団長たちは騒然となった。
そもそも海軍の支援がなければ攻略できないと言ったのは
ほかならぬエル自身だったからだ。
将軍たちの反応も大きく分かれた。

「やりましょう司令官!一回くらい攻撃しないと相手になめられちまいますぜ!」
「我が師団なら半日くらいあれば攻撃準備は整います。是非先陣を。」

乗り気な師団長もいれば…

「司令官…現状での攻略はいささか厳しいと思われます。ご再考を。」
「海軍の到着を待ってからでも遅くはないかと思われますが。」

消極的な師団長もいる。


「静まれ諸君。今回は本格的な攻勢ではなく、敵の手ごたえを探るための攻撃だ。
現状では敵がどれだけの力量を持っているのかを図る必要があるからな。
そのためにはまず……ファーリル。言っておいたアレ、結果は出たのか?」
「もちろんさ。じゃあみんなに今から詳しく説明しよう。」

そういってファーリルは例のごちゃごちゃと計算が書かれた羊皮紙を机の上に置く。
師団長たちも興味深々に羊皮紙を覗き込むが、何がなんだかさっぱりだった。

「うへっ…なんじゃこりゃ…」
「ううん……見てるだけで頭痛くなりそう。」
ディートリヒとテアが思わずつぶやいた。
「これはね、この地域の潮の満ち引きを計算したものなんだ。」
「潮の満ち引きですか!?」
「わかるんですかそんなこと?」
レミィとサンが反応する。
「カナウス要塞までの陸路はあの砂州一本だけ。だから攻め入る経路はあそこしかないんだ。
ところがあの砂州は砂の満ち引きの関係で、日によって道幅が違うんだ。」

ファーリルの説明はこうだった。
カナウス要塞と海岸は一本の砂州でつながっているが、潮の満ち引きによって
広くなったり細くなったりするため、陸路から攻撃する場合には
攻撃開始時刻だけではなく、攻撃の日を選ぶ必要もあるという。
潮の高さは月の軌道によって左右され、日によっては太陽の位置も影響し
大体、新月や満月の頃は大潮になり、弓張月(上弦または下弦)には小潮になる。
ただラファエル海は内海なので、そこまで驚くほどの潮位の変化はないのだが
海岸の形状が緩やかなため、干潟が出来やすくなっている。

ファーリルが計算したところ、大潮の日の満潮時には砂州は完全に水没してしまうが、
小潮の日の干潮時には砂州の幅が20メートルにもなるという。
攻撃するなら当然この日を選びたい。


「干潮と満潮は大体半日置きのサイクルがあって、しかも日によってかなり違うんだ。
今月は『火竜の月』(5月後半〜6月前半くらい)だから潮位の変化が緩やかで……
ま、結論だけ言うと四日後の三の刻が一番いいんじゃないかな。」
「なるほど、よくやってくれたファーリル。」
「それであなたはここ数週間、妙なことばかりやってたのね。」

ユニースの言う妙なこととは、おそらく海岸の測量や天体観察のことだろう。
月齢の観測をするため、ファーリルの行動は夜遅くになり、
日中は日中で観測結果の計算に没頭していたらしい。
彼だけ全く日に焼けていないのはそのためだった。

「諸君、聞いての通り、砂州の幅が最も広くなる四日後の三の刻に攻城戦闘を開始する。
ただし部隊はそれほど多くは投入できない。よって攻撃部隊は有志を募ることにする。
危険は大きいだろうが、参加部隊には多大な褒美と栄誉によって報いよう。
参加する師団長は明日の夕刻までに司令部に来るように。」


ファーリルが示したデーターは十字軍の将軍たちに少なからずやる気を与えることに成功した。
なにせチャンスは一ヶ月にたったの一度か二度であり、
そのチャンスはわずか四日後まで迫っている。

十字軍陣地はにわかに慌ただしくなった。










そして、この動きはカナウス要塞にいるアロンの元にも届いた。

「かしらっ!!大変だ!奴らの陣地が急に慌ただしくなりやがりました!」
「なんだと?ちょいくら確認するか。」

頭目の一人、マゴの報告を聞いたアロンは、
要塞の一番高い塔へ赴き、そこから十字軍陣地を観察する。
そこからは陣地の大体の様子が見て取れ、
今十字軍の兵士たちがあちらこちらに動いているのが見える。

「あいつらとうとう攻撃してくる気だな。しかも丁度この時期に。」
「どうしやす、かしら?」
「奴らが喧嘩をしたいっていってやがるんだ。こっちも受けて立たねえとな!」

アロンはその場で息を思い切り吸い込み…


「頭目ども!!今すぐ集合だ!!」


と、要塞のてっぺんから大声で招集をかける。彼らしいとても豪快なやり方だ。
彼の大声は要塞全体に響き渡り、聞こえなかった者は誰もいなかった。
居眠りをしていた下っ端は驚いて飛び起き、
水分補給をしていた操舵手は口に含んでいた
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