エルたちがアタラクシアの戦いで勝利した頃、
マティルダ率いる十字軍本隊もまた、目的地に歩みを進めていた。
「マティルダ。」
「ユニース様、どうかしましたか?」
「さっきシキからの報告で、敵の偵察部隊に私達の姿が発見されたみたい。」
「そうですか…少し急がなくてはなりませんね。」
チェンバレンから南に3週間ほど進軍し、カンパネルラ地方からカナウス地方に入る。
そこでまず邪魔になるのは…親魔物領サンメルテ。
人と魔物が仲良く暮らす平和な都市に、十字軍の魔の手が迫っていた。
「で、どうするんだフラン?覚悟はできたのかい?」
「ええ…決めたわ。私は逃げない。どんな相手だろうと立ち向かって見せるわ。」
「バカを言え。逃げる覚悟だよ。今回は相手が悪かったと思って諦めな。」
「いやよ。一戦も交えずに逃げるなんて弱気なこと。」
サンメルテの府庁執務室で二人の女性が言い合っている。
一方は軽鎧を装備した赤髪ポニーテールの女性。
フランと呼ばれた彼女の本名はフランツィスカといい、
サンメルテの市長を務める若い女性である。
元々彼女の母は帝国の軍人だったが、その昔軍の上司といざこざを起こした末軍を脱走。
フランと共にと共にこの地に移ってきたという経歴を持つ。
その母親は5年前病気でこの世を去り、母親から市長の座を受け継いだ
もう一方は…二本のハルベルトを背負ったオーガ、ベルカ。
レーメイア攻防戦以降各地を回った末、この都市に傭兵として雇われていた。
今では元レーメイアの領主だったアリアとフェオルもベルカ傭兵団と共にこの都市にいる。
「気持ちはよく分かる…だが、あいつらはあの自由都市アネットやカンパネルラすら
攻略した奴らだ。強敵とかそういう問題じゃない、戦ったら確実に私らの命はないぞ。」
「それでもかまわない。私は……」
「分かった。そこまで決意が固いなら私も協力しよう。
ただ、一般市民はあらかじめカナウス要塞に避難させておくようにな。」
「そうね…、この街も最後まで持つか分からないわ。」
ベルカは焦っていた。
なにしろ相手は万単位の大規模軍勢なのに対して、この街の正規兵はわずか3800人。
はっきりいってどんなに強い将がいて、なおかつ劇的な策があったとしても
勝つことは不可能に等しい。このままでは自分はともかくフランの身が危うい。
彼女としてはイル・カナウスのカナウス要塞に依り、籠城するしかないと考えているが
雇用主がこの態度なので、それに従うほかない。
「それにフラン。勝算はあるのか?」
「私はやっぱり奇襲しかないと思うの。」
「奇襲か…。具体的には?」
「それがね…」
「あら?お二人とも、まだ結論は出ないのですか?」
と、そこに神官風の衣装を着た女性が部屋に入ってきた。
耳のあたりにヒレのような部位があり、一目見て人間でないことが分かるが
人化術を使っているからか、きちんと両足が生えそろい、二足歩行をしている。
「ユーグ。一般市民の避難準備は整ったの?」
「何しろ急なことでしたので少々手間取りましたが、なんとか船を集められました。」
彼女はシー・ビショップのユーグリッド。
フランの弟と結婚しているので、フランとは義姉妹にあたる。
「ですが…少し良くない事態が起きています。」
「よくない事態?」
「夫の偵察によりますと、件の十字軍はすでにここから7日の距離まで迫っています。
遅くとも3日以内にはこの街から避難しなければ追いつかれてしまいます。」
「げっ!?そんなに速いの!?」
「ったく相変わらず容赦のない速度だな。こりゃ奇襲とかしてる暇ないかもな。」
「戦う気だったのですか?義姉様、悪いことはいいません。ここはカナウス要塞に向かうべきです。
ここで私たちが負けて死んでしまったら、この先どうにもなりません。
今は生き残る努力をすべきではないかと思います。」
「だから言ったろ。時には逃げる勇気も必要だって。
ま、逃げまくってる臆病者の私が言うのもなんだけどさ。」
「…仕方ないわ。思った以上に事態が切迫しているようね。」
ユーグリッドの説得により、抗戦を諦めたフラン。
今は一刻も早く一般市民を逃がさなければならない。
自分のプライドにこだわっていては一般市民を逃がし遅れるかもしれない。
それだけは何としても避けなければ。
「ユーグ、あなたはラウルと一緒に民衆の避難準備を急いで!」
「はい。早速住民たちに急いで荷物をまとめるよう指示いたします。」
「ベルカは傭兵団の戦闘準備をお願い。」
「りょーかい。すぐに終わらせる。」
「私は私で…撤収準備をしなければ!」
サンメルテの街はにわかに慌ただしくなる。
町の全人口より多い軍隊がすでに後一週間の距離まで近づいているのだ。
この街で
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