第15章:アタラクシアの戦い

「申し上げますエル司令官。ピュース軍はこの先の平原で横陣を展開しています。
恐らくは、我が軍を正面から迎え撃つ模様です。」
「ふむ、奴らは数のみを頼りに戦うつもりか。単純で結構。」

フィンの報告を受けたエルは、無表情のまま手元の羊皮紙に目線を落とす。

「此度は特に小細工せずとも楽勝だろうな。」
「はっ、ですが油断は…」
「分かっている。あまり相手を甘く見ないようにしないとな。」
「左様ですか。では、私は持ち場に戻ります。失礼。」

司令部を後にしたフィンと入れ替わりで、ミーティアが入ってくる。


「エルさーん。お客さんが来ましたー。」
「客?俺にか?」
「うん。なんでも大将に合わせてほしいって。」
「これから戦いを始めようというのに司令官に会わせろとはまたずいぶんだな。」
「それがね、そのお客さんリザードマンなんだけど。」
「は!?」


珍しくキョトンとするエル。
十字軍にとって魔物は敵なのだ。なのに、単身陣地に乗り込んでくるとは…


「それでね、今門のところで揉めてるんだけど、ユリアさんが何とか抑えてるわ。
だからエルさんにはなるべく急いできてほしいなって。」
「ったく厄介な奴がいたもんだ。戦に出る前の兵士たちはデリケートなんだぞ。」

呆れながらも、司令官としてほおっておくわけにはいかないので
ミーティアと共に陣門へとむかう。










十字軍の陣地、正面門に多数の兵士が集まっている。
突然現れたリザードマンの訪問者。相手をするのは
よりによって教会騎士団トップのカシスだった。

険悪な雰囲気を漂わせる二人の間をユリアが何とか保っている。


「貴様…ここがどこだかわかってるのか?」
「それくらい分かってるわ。ここは、十字軍の陣地でしょう。私は大将に用があるの。」
「司令官は多忙に身だ(実は今割と暇)。敵である魔物とあっている暇はない。」
「……でも!」
「黙れ魔物。今すぐ失せねば神の剣たる我らが貴様を容赦なく…」
「カシスさん、どうか落ち着いてください。今ミーティアさんが行きましたから。」
「ですが天使様……」
「たとえ相手が魔物であっても、まず理由を聞かないことには。」
「だから理由は大将に会ってから話すって言ってるでしょ!」
「おのれ、天使様が優しいからと言ってつけあがりおって…」
(エルさん…早く来てください(汗 )


「呼んだか?」
「あ!エルさん!」
「!!」「!!」

ユリアの願いが通じたのか、エルは思ったより早く駆けつけてくれた。


「カシス、あとのことは俺に任せておけ。それよりお前は持ち場に戻れ。」
「承知…いたしました。」

カシスはしぶしぶとその場を後にする。

「お前が俺に会いたいと言っているリザードマンか。名は何と言う。」
「私はレーゼミナ。この戦いの間だけでいい、私も共に戦わせてほしいの!」
「…正気か?」
「両親の、そして村のみんなの仇を討ちたいの!だからお願い!」


必死に頼み込む、黒い鱗を持つリザードマン…レーゼミナ。
詳しく話を聞くところによれば、彼女が恋人と共に住んでいた村がピュース軍の侵略を受けて
家も恋人も友達も…全てを失ったのだという。
なんとかしてピュース侯爵ラッテンに一太刀でもいいから浴びせたい。
しかし、自分一人ではやはり無力。そこで、彼女は十字軍を頼ることにした。
もちろん、十字軍は魔物勢力の打倒を掲げているため、自分自身の身も危うい。

それでも…彼女にはこの手段しか残されていなかった。
別の敵の手を借りてでも、仇討を成し遂げると……


「ま、いいだろう。その代り先頭で戦ってもらう、いいな。」
「うん!ありがとう!」

エルのこの決定に、周囲の将兵は驚きを隠せなかった。



「いいのですか、エルさん?」
「そうですね……使えるものは何でも使う。これは戦の常識です。
たとえ潜在的な敵であっても、時には手を組むことも必要になることがあるのです。」
「ある意味エルさんらしい考えですね。私だったら、ちょっと信用できないかなと……」
「ま、今回は相手が相手ですから策略の心配もありません。
俺でも一人を敵陣に埋伏させるだけでは策略の練りようがありません。」
「しかし、彼女は本当に仇討だけで終わるのでしょうか?」
「それは彼女の戦いぶりを見て判断しましょう。」


「ええっと、聞こえてるんだけど。」
「聞かせてるんだ。」








そんなこんなで半刻後。
十字軍はいよいよ攻撃前の最後の打ち合わせに入った。

ユリア、ヘンリエッタ、フィン、セルディア、カシス、ブリジット

エルの前に将軍が集結する。


「さて諸君、直前になって申し訳ないがとても重要な連絡がある。よく聞くように。」
『ははっ。』
「今回の戦、総指揮は俺ではなくユリアさんが執ることにな
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