報われない想いだと知っていた。
物心ついたとき、傭兵団の隊長だった父は戦死。
元々母親を早くに失っていた自分は、その国の衛士長に身元を預けられた。
後継ぎはおろか妻もいなかった前衛士長の後を継ぐべく、
日々戦うための厳しい教育と訓練を課せられた。
周囲の友との実力差はみるみる開き、いつしかたった一人だけで訓練するようになった。
苛酷な訓練と孤独に耐えながらも、将来の希望だけを夢見て突き進んだ。
そんな、鬱屈とした日常が転換したのは10歳の時だ。
養父からの言い付けで、この国の王女と共に教養を学ばされることとなったのだ。
初めのうちは「なぜ自分がこのような退屈なことをしなくてはならないのか」と
不満に思ったが、同時に共に学べる人がまたできたことがとても嬉しかった。
2歳年下だった王女は次第に自分に懐き、自分もまた王女をとても可愛がった。
思えば、兄弟どころか親しい異性がいなかった故の反動だったのかもしれない。
しかしながら、その頃の自分はまだ恋愛感情などなかった。
自分にとって王女はかけがえのない友達。そして妹のような存在だった。
結局、そんな生活は2年ほどしか続かなかった。
国王から非常に冷たい目で、王女との接触禁止を命じられ、養父からは多大な叱責を受けた。
そして、王女と隔離されて初めて自分の抱いていた恋愛感情に気付いた。
初めのうちは、また努力すれば再び王女のそばにいられると思っていた。
一年がたち、騎士として国に尽くすために自分の心を押し殺し始めた。
二年がたち、国王の猜疑心を緩和するため、いい加減な性格を演じるようになった。
三年がたち、王女と過ごした日々などなかったことにした。
四年がたち、近衛騎士として王女と再会した。
もうそこには…王女の友人であった自分の面影は残っていなかっただろう。
今でもはっきりと覚えている。
跪いて最上礼を捧げた時王女が見せた、最後の希望が打ち砕かれたような表情を…
だからこそ、自分は王女…エレノアに恋してしまったのだろう。
彼女の痛みは自分の痛みとなり、彼女の悲しみは自分の悲しみになっていた。
彼女が傷つくことは自分が傷つくのと同じこと。
ずっと守ってあげたい。大切な…大切な…愛しい人。
そんな大切な人を腕に抱え、禍々しく変わってしまった森の中をひたすら走る。
「はあっ……はあっ……っ!いつの間に…こんな……ところまで広がって……いたんだ?」
「シャナ………大丈夫…ですか?」
「私なら平気です。…エレノア様も……もう少し辛抱してください……」
実際は、全然大丈夫なんかじゃなかった。
自分で傷つけたわき腹がひどく痛む。もう少し加減しておけばよかったかもしれない。
それと魔界化の影響か、サキュバスと対峙した時に感じたような劣情が徐々に身を蝕む。
もし、何かの拍子にエレノアに欲情し襲いかかろうとするならば
すぐさま自分の首を剣で突き刺す覚悟だ。
(ああ……シャナに…抱かれてる………。ずっと…手を触れたことすらなかったのに……。
暖かくて…………いい匂いがして、…シャナ………しゃなぁ……)
エレノアの心は決壊寸前まで追い詰められていた。
もはや、なぜ自分が心の濁流を押しとどめているのかすら忘れそうになっている。
それでも彼女が大人しく胸の中に収まっていられるのは、
ふと見上げた時に視界に入る…シャナの真剣な表情があるからだろう。
急いで脱出するため馬を駆りながらも、時折鋭い痛みに耐えているらしく
あらためて、シャナが命懸けで自分を守ってくれていることを思い知る。
クラッ
「!?」「!!」
ヒイィィイイィン……
ズシャアアァァッ!!
「いやぁっ!!」「くっ!エレノア様!!」
突然二人は、馬の背から放り出された。
どうやら連日の強行軍で馬がばててしまい、たったいま乗り潰してしまったのだろう。
シャナはエレノアを庇って背中から地面に叩きつけられる。激痛が全身を襲った。
「かはっ!!」
「う……あ…シャナ……」
「ご無事…ですか、エレノア様……」
「私は……でも、シャナが……」
「自分のことはお気になさらず…、それよりも…もう少しで魔界を突破します……
馬がなくとも……自分の足で駆け抜けます。失礼…!」
「ひぅん!?」
シャナは、エレノアをお姫様抱っこの形で抱えたまま再び駆けだした。
鎧を剥いで軽装備になったおかげで身体への負担も少なく、長時間走れそうだ。
時刻はすでに二の刻(だいたい午前2時から4時まで)となり、
空に浮かんでいた赤い月はすでに小さく、わずかに明るくなってきている。
そして……
「エレノア様!……はあっ…ついに……魔界を抜けました!
あとは……はあっ…はあっ…手近な村か町があれば…そこで……」
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