外伝:ロンドネルの休日


「おはようございますエル様。」
「うむ、朝早くからご苦労。」
「本日はネストより12通の報告書が届いております。」


今日も朝早くから執務室に入ったエルは、書記官から報告書の束を受け取った。
そしてそのまま彼の体格に似合わない巨大な椅子に腰かけ(元々フェデリカが使っていた)
報告書の中身に目を通していく。


「リムステラさんから……兵糧の輸送に問題なし、武具の補充……鋼系武器の生産拡大、
新式投槍開発も順調……ただし市場の武器防具価格が急騰中……まあ仕方ないな。」

内容は主に後方支援が順調であることを示すものだった。
160000人もの大軍を支えるには広報組織の支援が不可欠である。
そのため、十字軍の出発地のエルテンドには現在『ネスト(巣)』と呼ばれる
大規模な兵站支援組織が設立されている。

ネストは兵糧の補給や武器の補充、新兵の募集はもちろん
十字軍の給料支払いや兵士宛の家族からの手紙の配達までやっている。
十字軍が飢えや物資不足に悩まされないのは、ネストのおかげなのだ。


「………新規募兵に応じた人数は12000人…多すぎるな。3000人いれば十分だ。
後は………うん?フィーネからの手紙?どれどれ……」

報告書類の中に、ロンドネルに残っている妹のフィーネからの手紙が混じっていた。


手紙に目を通した直後、エルは驚愕の表情を見せた。


「な……なんだと………!」
「?…如何いたしましたか、エル様?」
「こうしてはいられん。大至急ファーリルを呼んで来い!」
「畏まりました!」


エルは書記官に命じて大急ぎでファーリルを連れてくるよう指示する。
珍しく慌てた様子を見た書記官は即座に部屋を飛び出して行った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……………………」
「……………………」
「……………………」


スタスタ…
 
 
 
ここは自由都市アネット府庁のとある一室。
殆ど物がないこの部屋で、三人のエンジェルが部屋の中央にある椅子に座っている。
机は無く、三人とも同じ方向を向いて…目を瞑り手は膝の上、足もしっかり揃え微動だにしない。

三人の後ろでは、ユリアが手にクルタナを持ってゆっくりと歩きながら、
椅子に座る三人をじっくりと見ている。


そして部屋の片隅では、クレイベル大司教がこの妙な光景を見守っている。
 
 
 
 
「……………………」
「……………………」
「……………………」


スタスタ…
 
 
 
 
 
ピクン…
「……ぁ…」



「喝!!」

ビシィーッ!!

「ひゃうぅんっ!」


ユリアは、わずかな挙動も見逃さず容赦なくエンジェルの一人をクルタナで打ち据えた。


「…マリエルさん、叩かれても声を上げないようにと、あれほど言いましたよね。」
「ぅ…も、申し訳ありませんお姉さま……」
「では、また瞑想に戻りなさい。」


どうやらユリアは、新人エンジェル達の訓練をしているようだった。
ちなみに今やっているのは精神の鍛錬らしい。


そしてまた無音の静寂が続く…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
コンコンコンコンッ!

『!!??』
「ユリアさん、いますか!」
「エルさん?どうしましたか?」

瞑想の雰囲気は突如入ってきたエルによって崩壊した。

「緊急事態ですユリアさん!今すぐ転移魔法で俺をロンドネルまで送ってもらえませんか!」
「き、緊急事態ですか!?わかりました、少しだけお待ちくださいね。
マリエルさん、レリさん、エリーゼさん、今回の修練はここまでとします。
後は大司教様の指示に従ってください。」
「分かりました!」
「で…ですが、緊急事態とは…?」
「うむ、実は――」


真剣だったエルの表情が、一瞬で輝かんばかりの笑顔になった。


「ユリス一のパティシエール…グレーテルが新作のスイーツを発表したそうです!」
『へ!?』
「あら、本当ですか!それは素晴らしいことですね!」

ユリアもまた、エル同様に喜色満面になる。
しかし、三人のエンジェルは逆に不可解な表情をしている。

「あの〜、それが緊急事態ですか?」
「そうだ。だから仕事はファーリルに任せてある。」
「エル様…冗談ですよね?」
「たかがお菓子程度で、大げさですね。」
「エル様も子供っぽい一面が……ってあれ?」


エリーゼ、マリエル、レリの三人はエルのことを知らなさすぎた。
エルが、何気ない彼女たちの一言を耳にしたとたん、
今までに感じたことがないほどの強烈なプレッシャーがあたりを覆った。

「ひっ…」
「え、エル様……一体…」
「あ…ぁぅぁぅ…」

「たかがお菓子程度…だと?」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


「あのー、エルさん?
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