第12章:自由は死なず


その日の夜は新月だった。
月明かりがなく、わずかな星の光だけが頼りの真っ暗闇。

その闇の中に、蠢く影が複数あった。

自由都市アネットの城壁から500メートルほどの地点だろうか。
防音魔法と気配隠蔽魔法が施されたやや大きな魔法陣の中で、
何者らがひっそりと何かを行っている。
この暗闇では、近くに行っても何をしているのか分かるまい。


だが、その正体不明の集団に二つの影が近づいてきていた。




「……!………!(止まれ!何者だ!)」(←防音魔法発動中)
「悪い、そっちが何を言っているのかわからん。
だがそっちからは聞こえるようだな。俺は総司令官のエルだ。
そして、もう一人はユリアさんだ。作業中悪いが通してくれ」
「………!?…………!!(エル様!?失礼しました、どうぞ!!)」


ここに近付いてきた人影はエルとユリア。
そして、ここで作業をしているのは
第二軍団の工兵(工事や技術を扱う兵士)部隊だった。

工兵部隊には、護衛のためにサエの率いる魔道部隊の一部と
リッツの率いる帝国軍精鋭が配置されている。


エルとユリアは魔法陣の中に足を踏み入れる。
すると、とたんに作業中の兵士や周りの護衛兵の会話や物音が耳に入る。
見たところ、彼らはしきりに土を麻の袋に詰め込んでいる。
その土は魔法陣の中央に穴を掘って用意しているようだ。


「これはエル様、そしてユリア様。わざわざご足労ありがとうございました。」

第四師団長のサエが笑顔で二人出迎えてくれた。

「そろそろ完成すると聞いてな。作業の様子を見に来たんだ。」
「ずいぶんと捗っているようですね。安心しました。」
「ええ、捗っているどころか、もう今夜には完成いたします。
なにしろリッツさんが工兵をキビキビと働かせていたものですから。」
「そうか、良く頑張ってくれた。これほど早く完成するとは大したものだ。」
「その言葉は私にではなく、工兵のみなさんにかけてあげて下さいませ。」


すると、丁度穴の中から工兵がぞろぞろと出てきた。
暗闇ではよくわからないが、どの兵士も泥だらけになっている。
そして工兵たちが出た後に部隊の指揮官であるリッツが出てきた。


「土竜諸君、穴掘りご苦労だった。二ヶ月も続いたクソッタレな作業は今日で終わりだ。
諸君の活躍は一見地味で目立たぬように思えるが、一番手柄は間違いない。
あとのことは正規兵たちに任せ、諸君は長期間の重労働による疲れを癒しておけ!」
『ヤヴォール(了解)!!』

やはり暗闇でよく分からないが、工兵たちはきっと達成感に満ちた顔をしているだろう。

「リッツさん。」
「ん?どうした。」
「総司令官のエル様がいらっしゃっていますよ。」
「エル司令官が来ている!?全員、正方陣に整列!!」
『ヤヴォール!!』
「あー、そのままでいい。暗いから並ぶのも面倒だろう。」

エルは整列させようとするリッツを制止させて、そのままの状態で話し始める。

「まさかこれほど早く完成するとは思わなかった。
諸君の頑張りによって、アネット陥落の予定は大分早まったと言える。
総司令官の俺からも盛大に労おう。みんなご苦労だった。」
「私からも、皆さんの働きに感謝します。
もしかしたら、皆さんのおかげで無用な血が流れずに済むかもしれません。
本当にご苦労様でした。」


そう言って、ユリアは兵士全員に疲労回復魔法を施す。
一瞬だけ光が広がり、夜間作業で疲れた兵士たちを瞬く間に癒した。

「エル様!私達のためにわざわざありがとうございます!!」
「ユリア様にも労われるなんて……頑張った甲斐がありました!」
「初めのうちは気がおかしくなるくらい辛かったのに、
今ならどこまでも掘っていけるような気がします!!」(←ある意味重症)

「ではリッツ、サエ。そろそろ撤収準備に入れ。」
「ははっ!」「承知いたしました。」


作業を終えた十字軍の兵士たちは暗闇の中テキパキと荷物をまとめ始める。
鋤や鍬、櫂などの土木工具を束ね、土の入った袋を荷馬車に積みこむ。

しかし、なぜかリッツはいつもの指示を終えると、
自由都市アネットの方を、ぼんやりと眺めていた。

「どうしたリッツ。鬼将軍のお前が余所見など珍しいこともあるものだな。」
「いえ、司令官。申し訳ありません、何分感慨にふけっていたものでして。」
「別に今くらいは余所見していてもいいだろう。
そういえば、お前は確か昔アネットに住んでいたんだっけ。
なにか思い出すことでもあるのか?」
「思い出すこと…とまではいきませんが、今さらながら
ここに帰ってこれたという実感がわいてくるのです。
革命が起きたあの日から、もう二度と帰らぬと決めたというのに。」
「……、リッツ。お前は今、少しでも後悔しているか?」
「少しどころか、後悔しすぎて
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