第1章:レーメイア攻防戦


「報告いたします。竜騎兵隊の偵察によりますと、
砦内の敵総兵力はおよそ2000人程度、
防御兵器の類はいまのところ見当たらないとのことです。」

赤い長髪に赤い瞳、ついでに鎧も真っ赤という
天然警告色の塊のような女性騎士が、報告書を片手に簡潔に説明を続ける。

「また、兵士の一部にはオーガやミノタウルスなどの魔物も混ざっており、
小兵力ながらも侮れない戦力に違いありません。」
「そうか。まあ、そこに腰かけるといい。」

その報告を聞いているのは、司令官のエルだ。
暑い地域だというのに、熱々の紅茶をカップに注ぎ、
木製の椅子に腰かけるとともに、女性騎士に対しても椅子に座るよう促す。

「ほかに変わったことはないか。」
「そうですね、変わった動きといたしましては、
砦内では兵士がしきりに壺を集めているみたいです。」
「壺を集めている、だと?いったいなんのために?」
「さあ、そこまでは…」
「ふむ。」

そこまで聞いたエルは、カップを片手に黙々と考え込む。
一体壺なんか集めて何をする気なのだろう。つぼまじんを使って罠を仕掛ける気だろうか?
いや、彼らが戦争に関係ない魔物を巻き込むことはしないだろうから、その可能性は低い。
とすれば、単純に何かを入れる容器として使うと見るのが妥当か。
壺の中に熱湯を注いで、城壁を上る兵士にぶっかければ確かに効果は抜群だ。

「うーん、熱湯でも入れて城壁を上るわが軍に浴びせかけるためじゃないでしょうか?」
「それは今、俺も考えていたところだ。しかし、あの規模の砦だと現状では城壁を登って徐々に攻め込むよりも
投石機で門を破壊して一気になだれ込んだ方がむしろ効率がいいし、被害も少ない。
おそらく敵もそれを知ってると思うが…。」
「でも、それでしたら籠城していること自体おかしいってことになりませんか?」
「それもそうだな。」

エルは再び考える。

ふと、一つの考えが頭をよぎった。


「油か。」

「油、ですか?」
「壺に油を入れ、縄で持つところをつける。
あとは投げ込む前に点火して投げつければ、落下地点はあっという間に燃え上がる寸法だ。
察するに、奴らは今夜あたり焼き打ちをしてくるだろう。
この地域は海からの風が強いうえに、乾燥した気候により火は容易に燃え上がる。
しかもわが軍は今日ここに陣を築いたばかり。
奴らが夜襲を仕掛ける最大チャンスは今夜になるな。」
「なるほど、では早速夜襲に備えるよう全軍に通達を…」
「まあまて。ただ単純に待っているばかりではいささか面白くない。全力で歓迎してやらねばな。
マティルダ、各師団の将軍に『半刻(一時間)以内に司令部に集合せよ』と伝えてくれ。」
「了解しました。」
 
マティルダとよばれた赤い女騎士は伝令書を手にいそいそと椅子から立ち上がる。

「エル様、その前に一言よろしいでしょうか。」
「なんだ。」
「何度も言っておりますが、紅茶に入れる砂糖の量をもう少し控え目にされた方が…」
「だまれ、俺のケツを舐めろ。」
「…………///」
「ええい、顔を赤くするな。とっとと行ってこい。」

そういってエルはマティルダを追い払い、再び椅子に深く腰掛ける。
そしてカップにスプーン五杯目の砂糖を何のためらいもなく入れたのだった。



エルは現在、親魔物国に変わっていった半島地域を
再び反魔物勢力に組み込むための戦争…レ・コンキスタの最中だ。

エル軍は序盤から快進撃を行い、瞬く間にこの地域を席巻。
さらに一か月前には、親魔物国同士が連合を組み
この地域のサバトと合わせて、エル軍に対し3倍の兵力で挑んできた。

だが、オーガスト原野において親魔物国連合は大敗し
大損害を被った末に南部地域に撤退した。
そして現在、残すところは最南端の軍事拠点である目の前の砦と、
その向こうにある港湾都市レーメイアのみとしている。

エルは教会騎士団のように魔物とその家族を
皆殺しにするといったことをせずただ単に国から追い出す程度にとどめ、
魔物と特に親しくしていたとされる人物であっても、特に罰則は加えないでいた。
それでも、初めのうちは住みかを追われる魔物の抵抗は激しかったが、
次第に魔物にとって住みにくい土地となっていったため、徐々に抵抗は減り、
一時期は魔物が普通に往来していた原野から魔物は姿を消していく。
こうして、わずか半年で親魔物勢力は風前の灯火となってしまったのだ。
もちろん、彼がこれだけの戦果をあげられたのは彼単独の力だけではない。
マティルダをはじめとする優秀な部下たちや
死者が出るほど訓練に訓練を重ね、幾多の戦場をくぐりぬけた精鋭の兵士たち、
そして何より…


「エルさん。今よろしいでしょうか?」
「ああ、ユリアさん。ちょうど紅茶をいれたところです。よかったらどうですか。」

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