十年前。
まだこの都市がローテンブルクという名だった時の話。
「赤き城塞」の名を冠するこの都市は、
文化を吸収し次々と国を起こす魔物たちに対する最前線基地として、
また、これ以上人間のテリトリーを侵奪させないための防衛ラインの
役割を担っていた。
この頃のパスカルはローテンブルクの下級役人をしていた。
本人は貧しい家の生まれだが、独学で学問を修め、二十歳の時に役人となった。
下級役人なので給料は決して良くない。
だが、貧困層の住民にとってまともに給料が入る仕事といったら兵士くらいのもの。
下級役人でも、貧困層の住民にとっては夢のような職業だ。
「おっ!パスカル。サビ残終わったのか?」
「今終わったから僕はもう帰るよ。セウェルスは?」
「あ〜、俺は今日は家に帰れそうにねぇな。また今日も仮眠室だぜ。」
「ごめんよ手伝えなくて。僕は家に二人の妹がいるから早く帰ってあげないとね。」
「はっはっは、俺のことは心配するな!気をつけて帰れよ!」
「セウェルスも無理しなよう…、うっ…ゴホッゴホ…」
「お、おい大丈夫かパスカル!?ここのところ咳がひどいぞ。」
「大丈夫…、そのうち治るよ。」
「そうだといいんだが…」
今日も残業を終えたパスカルは同僚のセウェルスと別れ、帰路についた。
彼には年の離れた双子の妹がいるが、両親は病ですでに他界しているため
パスカルが親代わりに身に周りの世話をしなければならない。
彼がもう少し出世できれば少しは楽になるかもしれないが、
何しろ身分が身分なのでその望みは薄いのが現状だ。
どうしても出世したいなら官僚に賄賂を贈るしかないが、
生真面目な彼がそんなことできるわけがなかった。
府庁を出て、官庁施設や裕福層の集まる地区を抜けると
まず中央区画と中流層の市街地を区切る城壁をくぐり、
町の中心に出る。そこからさらに下ってさらに城壁をくぐる。
その先は貧困層が暮らす区画。
「あら、おかえりですかパスカルさん。お仕事ご苦労様でした。」
「ええ、早く妹たちのために帰ってあげないとね。」
「パスカルさん!この前はありがとうございました!
お陰さまでまた商売を続けることが出来そうです。」
「いえいえ、僕は当然のことをしたまでです。」
彼は役人の中でも特に公正に仕事をしているため、
どの市民からもそこそこ人気がある。
ただ、その公明正大さが逆に出世に歯止めをかけているも事実だが…
「こうしてみんなに笑顔で迎えてもらうと、
役人をやっててよかったって思うな…、っ!ケホッ、ゴホッ!
咳が出るな…、今日も早めに…ゴホッ!…休むとしよう。」
パスカルが家につくと、早速双子の妹が出迎えてくれた。
「おかえりなさい兄さん!」
「お兄ちゃんおかえり!」
「ただいまイリーナ、イレーネ。遅くなってごめん。」
「ううん、兄さんも仕事忙しいもんね。」
「でも、たまにはもっと早く帰ってきてくれると嬉しいな。」
「そうだね、僕ももっと早く帰れるように頑張らないとね。」
「じゃあ、兄さんが帰ってきたから夕飯にしましょう。」
「お兄ちゃん!今夜のご飯はお魚を焼いたの!」
「魚か。この季節だと…八羽根トビウオかな?」
「じゃじゃーん!なんと白銀サンマ〜!」
「それはすごいな!」
「兄さん、最近少し風邪気味だから栄養がある物をと思いまして。」
「ありがとう二人とも。僕も早く風邪を治さないとね。」
たとえ貧乏でも、二人の妹といれば満ち足りた生活が送れる。
今夜も三人で身を寄せ合って一つのベットで寝ることだろう。
だが、次の日…
「うっ!…ゴホッゴホッ!ゲホッ!」
「おいおいパスカル!今日は咳が一段と酷いぞ!?今日くらい休んだらどうだ?」
「セウェルスの言うとおりだ。顔がいつもよりつらそうだ。」
「大丈夫だ…セウェルス…ラッドレー、これくらいなら特には…ゴホッゴホッ!」
「どう見ても大丈夫じゃねえよ!無理すると身体に毒だぞ!」
いつもよりひどく咳き込むパスカルを見かねて、
同僚二人はパスカルに休むよう説得を試みる。
それを見て、上司のヒムラーもパスカルのところに来た。
「二人の言うとおりだパスカル。それほどつらい風邪だと仕事もままならんだろう。
風邪が治るまでしばらく自宅で養生しておけ。」
「ですが…ゴホッ!それでは家計が…」
「確かに欠勤中の給料は引かれるだろうが、命には代えられんだろう。
それに、金が心配だったら俺も何とかしよう。
だから治るまでは仕事のことは忘れて休んでいろ、な?」
「…わかりました、そこまで言うのであれば。」
「わかればいいんだ。ラッドレー、送ってってやれ。」
「へい、了解です。」
ヒムラーはパスカルを説得して家に返した。
それもわざわざ部下のラッドレーに付き添わせて。
「やれやれ、
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