チェンバレンの街を目前に控える十字軍の陣地。
まだ陽が出たばかりの時間だというのに、
二人の女性…
いや、二人の女の子が司令官の幕舎の前に来ていた。
「あ、やっぱ早く起きすぎたかも。」
「ね!だから言ったでしょ!たぶんまだ開いてないって!」
サンとレミィだ。
彼女たちは宿題の答えが気になって夜も眠れず、
夜明けとともに起きて司令部に来ていたのだ。
しかし、意外にもエルはまだ起きていないらしい。
なぜなら……
『まだ寝てます。 エル』
幕舎の入口に、綺麗な字で書かれた札が吊る下がっている。
司令官がこんな看板を掛けるのもどうかと思うが、
一応将軍たちには、何かあったらすぐに来ていいとは言っている。
しかし、中にいる人が人なので
よほどの用事がない限りは入るのを躊躇してしまう。
「レミィは結局宿題の答え、わかった?」
「分かるわけないわよ!先輩たちも分からないのに!
そういうサンは、何か分かったの?」
「わかんなーい。」
「だよね…。」
二人は顔を見合わせてため息をつく。
どうやら彼女たちにとってはヒントが少なすぎるようだった。
答えが早く知りたくて来てみたはいいが、
エルが起きてこないことにはどうにもならない。
「じゃあ、司令官が起きてくるまでここで待ってようか。」
「そだね。でも、ただ待ってるだけじゃ暇だよ。」
「よし!準備体操でもしましょう!」
「唐突だねレミィ。」
なぜか突然準備体操をやることにした二人は、
持ってきた武器を傍らにおいて、身体を自由にする。
「まずは身体をほぐすための帝国体操第一!気合を入れていくわよ!」
「おーっ!」
「ちゃんちゃっちゃちゃららら!」
「ちゃんちゃっちゃちゃららら!」
「ちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ」
「ちゃちゃちゃちゃちゃん、ちゃん!」
「右手を地面に。左手を腰に。そのまま腕立て100回。」
『無理!!』
いつの間にか二人の後ろにエルが立っていた。
二人はその存在に気づくと、
一瞬にしてパニックに陥った。
「し…し、し、司令官!い、い、いつの間ににに!」
「ごめんなさいごめんなさいお騒がせしてごめんなさい!」
「なんだ。準備運動するんじゃなかったのか?」
「奇襲されなければそのままやってましたよ!」
「あと片腕で腕立て伏せは準備運動ではないと思います!」
あまりのパニックに逆ギレし始める二人。
「まあ落ち着け。深呼吸、深呼吸。」
「すー、はー。」
「すー、ふー。」
「では改めて質問を受け付ける。」
「えーっと、エル司令官はいつ起きたのですか?」
まずはサンが質問する。
「お前たちが入り口の看板の前に来たあたりかな。
武器を持って緊張した人の気配がしたから、目が覚めたみたいだ。」
「気配で目が覚めるってすごいですね!」
「正直不便だ。いちいち起きてたら休めない。」
常在戦場も時には考え物である。
「それよりも!宿題の答えをお願いします!」
「せっかちだなお前は。朝の会議まで待てないのか。」
エルは少しため息をつく。
「いいか、司令官が俺だったから良かったが、
そんなにあからさまに重要戦略を聞き出そうという姿勢を見せると
場合によっては間諜(スパイ)だと疑われる恐れがある。」
「え!?そうなの?」
「特に新人はまだ軍内部での信用力が低いから、余計に気をつけねばな。」
「そうなんだ…、以後気をつけます。」
「うむ、だがお前らの気持ちもわからんでもない。
せっかく朝早く起きてきたんだ。
幕舎の中にでも入ってゆっくりしていけ。」
「いいんですか?司令官の幕舎に入ってしまっても。」
「今回ばかりは特別だ。」
先ほどまで説教していたエルの厳しい表情が、
一転して輝くばかりの笑顔になる。
『!!』
破壊力抜群のこの一撃に、二人は思わず息をのむ。
普段怒らない人が怒ると怖いのと同様に、
エルの見せた満面の笑顔は、
男女問わず魅きつけるくらいの威力があった。
もっとも、男まで魅了するのは本人にとって迷惑だが。
「?どうした二人とも?俺の笑顔はそんなに珍しいか?」
「す…すみません…私、鼻血が…でそうです…」
「おいおい。」
「私、危うく百合に目覚めるところでした!」
「俺男なんだけど!?」
結局これ以上は不毛と判断したエルは
二人を幕舎の中に追いやると、
自分はその場で朝のトレーニングを行う。
「クソッタレ!大人になればそれ相応に男らしくなると
思っていたが、むしろ子供の時より悪化してやがる!
ちっ、これもあのアル爺の呪い(遺伝)か。」
片腕で腕立てをしながら、そう呟く。
彼にとってその容姿は、
自力ではどうしようもないコンプレックスなのだ。
「失礼します!」
「失礼しまーす。」
「あらお二方、おはようございます。」
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