トメニア歴169年 トメニア国王テオデーリヒ・ベルン(ベルン4世)崩御。
若き王太子ルートヴィヒ・ベルンがベルン5世として即位する。
辺境都市ブランウェン。
穏やかな海に面した石造りの町は、半島特有の雲一つない青空から降り注ぐ
太陽の直射日光に照らされ、焼けるような暑さの日々が続いていた。
強い日差しを避けるために露天商の殆ども屋根下でモノを売り、
往来を行く人々は誰もが額や首筋に大粒の汗を浮かべていた。
「あ〜、あついあつい!まったく、汗でお肌がべとべとよ!
やんなるわね〜…いったいいつまで続くのかしら?」
「…何を言ってるんだい。暑さの本番はこれからさ、
北部出身の君にはわからないかもしれないけどね。」
その中で、若い男女二人組がけだるそうな顔をして大通りを歩く。
女性はまだ十代半ばごろの女の子、男性は二十代半ばごろの青年に見える。
双方ボロボロの服を着てはいるが、女の子は金髪に碧眼、
健康的な飴色の肌に抜群のプロモーションと、只者ではない雰囲気。
対する青年は見たまんま貧相な容姿で、背はそれほど高くなく
ひょろっとしていて、ボサボサの髪に口髭を鼻の幅ほどに短く
刈りこんだ…いわゆるチョビ髭がトレードマークだ。
「どーでもいいけど、あんた絵の方はどうだったの?」
「…さっぱりだ。審査員どもの目は節穴だ、あれだけ精魂込めたのに
一瞥しただけで落選させやがった。どいつもこいつも見る目がない。」
「あらそう、やっぱ才能ないんじゃない、あんた。」
「…そんなことは断じてない。頑張っていればいつかは認めてもらえるはずだ。」
「諦め悪いわね〜。10年も続けてきて全然芽が出ないくせによく頑張れるわね。」
「…余計なお世話だ。」
「ふふん、でも……夢に向かって諦めないで頑張る姿、
見てる私は悪くないと思うわ。せいぜいあがいてみることね。」
「…ロベリア、お前…いい奴だな。」
「やっすいわね〜アデノイドは!もっと前向きになりなさいよ!あははははっ!」
二人は軽口を叩きあいながら、自分たちの塒に戻ろうとするところであったが
この熱い日差しの中歩き続けているとすぐにばててしまう。
「……あついわ。ねえ、そこの喫茶店で氷菓子か何か食べたいと思わない?」
「…賛成。このままだと僕の天才的な脳みそが溶けてしまうだろう。」
「で、今お金いくらある?」
「…ええっと。」
青年…アデノイドは、ポケットの中のボロボロの布袋のを取出し中をまさぐった。
出てきたのは…………銅貨が3枚ほどだった。
「すっっっくな!!」
「…明日からどうやって生きていこう?」
冷たい氷菓子を食べたいと思っても、懐具合は明日をも知れないほど寒い。
懐が寒くても暑さは防げない。二人は再び無気力になってしまう。
「ふん、いいもん!私はいつかきっと本当のお父様お母様が迎えに来てくれて…
夢のような裕福な暮らしができるはず!それまで我慢我慢!」
「…よく言うよ。確かに君は…なんとなくだけど、気品があるようなないような…
でもたとえ本当だったとしてもこんなところにまで探しに来るかなぁ。」
「来るに決まってるじゃない!私にはわかるのよ!」
「…いいよねぇ、君はいつでも前向きで。それに僕はどうも、
貴族ってやつが好きになれないなぁ。僕たち平民から集めたお金で
気ままに遊びまわって毎日おいしいもの食べて………」
「そーそー…何もしなくても優雅な生活を満喫できるのよ。」
貴族…それは庶民の憧れであると同時に憎むべきもの。
トメニア王国は大小およそ百数十家の貴族が各地にそれぞれの土地を持っていて、
長い間続いた太平の時代の間にそのほとんどが腐敗していた。
彼らが関心を寄せるのは自身の栄達や享楽のみであり、
特権階級として甘い蜜を吸うだけ………それでも、
今まで平穏でいられたのは、周囲に外敵がほぼいないことに加えて
庶民もそこまで生活が苦しいわけではないので政治への関心が薄れているというのもある。
貴族たちを妬んではいるものの、だからといって抗議をするわけでもなく、
庶民は庶民なりに平穏な生活を送っているのだった。
ところが、王族となると話は違ってくる。
「おーい!てーへんだ!てぇへんだ!!広場にある掲示板にとんでもねぇことが書いてあるぜ!」
「なになに?どうしたのさ、みんなして騒いじまって?」
「直に見ればわかるでしょう、それ!」
ワーワー
「あら?なにかしらこの騒ぎ?」
「…興味ないね。どうせ大したことじゃない。」
「そんなこと言わずに行ってみようじゃないの!ほらほら!」
「…いてて、そんなに引っ張らないでくれ。」
件の二人も騒ぎを聞きつけたようだ。
そっけない態度のアデノイドをロベリアが無理やり引っ張って、
次々と人が集まってくる中央広場に駆けつけた。
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