笑顔で涙


地平線の彼方まで広がる大きな海を見渡せる、ちょっと小高い丘がありました。
そこには何人もの人が集まって、お墓を作っていました。

まだ顔から幼さが抜けきっていない少年の目の前で
男の人と女の人が盛った土の上に十字型の石を立て、
最後に、控えていた神父さんが鎮魂の言葉を唱えます。

「神よ…慈悲深き愛の女神ラヴァーズ様……、今一人…良き隣人が
貴女の御許へと旅立ちます。どうか、その手で彼女を導き、
天の扉を開かせ給え。……天への旅人よ、どうか安らかに。」


何人もの大人が見守り、時には涙を浮かべる中で
少年は決して涙を見せずに黙々と祈りをささげていました。
しかし心の中では…

(僕はまた、一人きりになるんだね…。)

失くしたものの大きさに、暗く沈んでいました。
 
 
 
 

 
 
 
 
帝国領クールラギン地方にあるコーバリス郡は、北極圏に近い物凄く北の方にある地方です。
短い夏に長い冬、寒さがとても厳しいのですが雪があまり降らないので、
昔から漁…特にクジラ漁が盛んで、拠点になる漁港がいくつも点在しています。

そして、この地方を通る海岸沿い街道の途中にある
小さくてちょっと年季が入った宿屋が舞台になります。


「お葬式、無事に終わりましたね。お婆ちゃんも安心して眠れますよ。」
「はい、おばさん。そしておじさんも。何から何までありがとうございます。」
「わしらの方こそ、エストお婆さんにはいろいろお世話になったからねぇ。」
「先月まではあんなに元気だったのに、本当に残念だよ。」

宿屋の一階にある大きなテーブルに、先ほど丘の上で集まっていた大人たちと
それに混ざって小さな黒髪の男の子が夕食を食べていました。

男の子の名前はトリン。
物心つかない頃に両親を流行病で亡くしてしまい、紆余曲折の末に
生まれ故郷から遠く北の地方に住んでいたおばあちゃんの家に住むことになりました。
トリンのお婆ちゃん…エストさんは旅人の宿屋を経営していたので、
彼もまた一生懸命エストさんお手伝いをしていたのです。
小さな宿屋ですのでお客さんはそれほど多くは来ませんが、
エストさんが作る料理はどれも絶品で、一度食べたら二度と忘れられないと評判でした。
しかし、そんなエストさんもすでに年は95歳。
つい最近までは元気だったのですが、寄る年波には勝てず
村の人達に見守られながら静かに息を引き取ったのでした。


「ところでトリン君。あなたはこれからどうするのですか?
その歳で宿屋を継ぐのも大変でしょう。」

告別の儀を行ってくれた神父さんが、今後のことを尋ねます。

「…この宿屋は、もう閉めることにしました。僕はまだまだ子供ですし、
お客さんももうあまり来ませんから。これからはエルテンドに住んでる
親戚のおばさんを頼ろうかと思っています。」
「エルテンド?どこだいそれは?」
「ここからずっとずっと南の方にある大きい街ですね。」
「神父様は物知りだなぁ。わしらはコーバリスの外なんざ知らんしなぁ。
そうかそうか…そんなに遠いとこへ行っちまうんだなぁ。」
「行くのに何か月もかかるんだろう、子供一人で大丈夫かい?」
「大丈夫です、シールズポートから鉄道に乗ればそんなにかからないみたいですよ。」
「やれやれ……あの鉄道は客だけじゃなくてトリンまで持っていくのか。」

昔まではこの地方に来るのには街道を通る必要がありました。
なので、コーバリス最北端の町シールズポートへ向かう旅人や行商人たちが
このあたりの宿屋をよく利用していたのですが、数年前に鉄道が出来てから
鉄道を利用するお客さんが増えたのでした。
宿屋があまり利用されなくなったのはこういった事情があるからなのです。

「明日にはもうこの宿屋は閉めてしまうのでしたっけ?」
「ううん、あと三日後に予約してるお客さんが一人くる予定ですので、
そのお客さんをおもてなししてから閉めることにします。」
「ほう…そんな物好きな客がまだいたのかぃ。物わかりのいい奴だな。
エストさんがいなくて大変だろうけどよ、最後の最後だ、がんばれや。」
「はい!僕にできる精いっぱいのおもてなしをしますから!」
「あらあら、いつもながらいい笑顔だこと。
きっとそのお客さんも喜んでくれるだろうさ。」
「しかし…エストさんが亡くなったばかりだというのに、
よくそんな明るい笑顔を保てるなぁ。おじさん感心しちゃうよ。」
「お婆ちゃんが言っていました。お客さんを迎える時は、
どんなことがあっても笑顔を忘れるな……ってね。」

たとえ小さくても心はすでにプロのホテルマン。
トリン君は人前で涙は見せないのです。
 
 
 
 
 

 
 
 
それから三日後のことです。


カランカラ〜ン♪

「ちょっと〜。トリン〜、エストおばあさ〜ん、い
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