季節は天馬の月(7月の中頃〜8月の終わりごろまで)、夏真っ盛り。
赤道直下の炎天下の中、新領地となった地域を駆け回っていたファーリルが、
お付の天使マリエルを連れてようやく十字軍の陣地に戻ってきた。
実に2か月ぶりの帰還だ。
「いやー、あついあつい。カンパネルラもアネットもビブラクスも
毎日よく晴れて暑かったけど、やっぱここが一番きついなぁ。
こんなところに何か月もいたら人間の干物が出来ちゃうね。」
「あの、ファーリルさん……間違ってもお姉さま方の前で、
そんなこと言っちゃいけませんよっ!怒られちゃいますからっ!」
「あはは〜、そうだね。気をつけなきゃ。」
マリエルの言う通り、ここカナウスの海岸沿いには
何万人と言う兵士たちが陣地を築いて何か月も緊張状態を保っているのだ。
そんなところにこの失言が零れればたちまち総スカンだろう。
…でもやはり暑いものは暑い。
しょっちゅう仕事に追われる軍団長はだらしない格好をするわけにもいかないので、
ファーリルは暑くても長袖のローブを着こみ、あまつさえ型布を着用しているのだ。
暑くないわけがない。その上、隣を歩くマリエルが涼しそうな薄いワンピースだけなのが、
これまた恨めしい。しかしそこはプロ、汗をかきながらも笑顔は絶やさない。
「じゃあマリエルは先に休んでなよ。僕はエルにいろいろ話すことがあるから。」
「いいんですか?ではお先に失礼します。」
先にマリエルを仲間の元に送ると、ファーリルはエルがいる司令部に足を運ぶ。
「ファーリル軍団長。」
「お仕事お疲れ様ですわ。」
「うん、みんなも暑いなかよく頑張ってるね。」
歩きながらすれ違う将兵とあいさつしながら歩いていると、
彼ら彼女らの纏ってる雰囲気がいつもより明るいことに気が付いた。
そろそろ十字軍が滞在も半年になる。誰もが肌の色を小麦色に染めて、
すっかりこの地の生活に適応しているようだった。
一応ファーリルの元にも十字軍海軍がカナウス海賊団に勝ったという報は
届いているのだが、彼らの余裕のある表情を見て初めて実感がわいてきたように思える。
「おや?ねえちょっと。」
「あ、軍団長。何か?」
「あそこに見える大きな石垣の囲い、僕が出かける前には見なかったけど。」
ここでファーリルは見慣れない施設を見て、近くを歩いていた百人隊長に声をかける。
「ああ、あれは捕虜収容所ですよ。先の海戦で1000人以上の捕虜が出ましたから、
脱走しないように囲ってあるのですよ。なんなら夜中あたりに詰所を訪ねてみてはどうでしょう、
毎日のように脱走を試みる海賊たちと衛兵たちとのバトルが熱いみたいですから。」
「…絶対カーターあたりがあえて楽しんでるよね、それ。
教えてくれてありがとう、暇を見て見に行ってみるよ。」
前回の大海戦で出た大勢の捕虜は処刑されずにそのまま収容所に入れてある。
これは処刑して海賊たちの復讐を食らうよりも、人質として閉じ込めておけば
何かと役に立つだろうという判断だ。まあ、当然褒められた戦術ではないし、
血気盛んな海賊たちは隙を見ては何度も脱走を試みているため管理が面倒だ。
ファーリルは若干呆れつつ、再び司令部に向けて歩みを進める。
「エル〜、ただいま〜。」
ファーリルが司令部に入ると、ちょうどエルがユリアと昼食をとっているところだった。
今日の献立は魚介スープがメインのようだ。総司令官と言えども、食べ物は
一般兵士とそう変わらない。強いて言うならいつも甘いものを携行しているくらいか。
「おかえりなさいませ、ファーリルさん。」
「ファーリルか。ようやく帰ったか。暑い中あちこち巡って大変だっただろう。」
「うん、とっても大変だったよ。何しろ占領地の権利関係は面倒だからね、
一応魔物が住んでる村とかは税金だけ徴収してあとは長たちに任せるとして、
やれ反乱だやれ盗賊だ、いっそ爆撃して根絶やしにしたいくらいだよ。」
「ああ、俺がお前の立場だったら真っ先に爆撃してるな。」
「あらあらエルさん、物騒ですね。ダメですよ、何でも力任せに解決していては。」
「それは分かっているのですが……」
「あはは、まったくっこれだからエルは困ったものだよ。」
ファーリルがこれだけ苦労してるのはひとえに、エルのせいでもある。
何しろエルは戦争は得意でも政治手腕はあまり持ち合わせてはいないので、
結局尻拭いは全部ファーリルに任せてしまっているのだ。
もっとも、ファーリル自身は内政に関する手腕が抜群にうまく、
大変だと言いつつもこまごまとした調整を嬉々としてやってのける。
エルとファーリルはまさにお互いがお互いを補う理想的な関係と言える。
「じゃあ僕もお昼ご飯貰おうかな。何か適当に持ってきてよ。」
「はっ、ただいまお持ちします。」
書記官がファ
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