学院第2男子寮204号室。
この部屋の住人の一人である鴻池智鶴が異次元で活躍している頃、
もう一人の住人がこの部屋に戻ってきた。
「くは〜っ、ただいま〜っと。なんだ、あいつはもう帰ってきてるのか。」
彼は円谷 貫太郎(つぶらや かんたろう)。
智鶴と同じ高等部3年生にして陸上部のエース。
彼と智鶴は小学校以来の親友である。
智鶴より30分遅れて帰ってきた彼は、これから一度着替えて
夕飯の時間になるまで走り込みをするのが日課だ。
何しろ寮が学院の敷地内にあるので、いったん身軽になってから
陸上の練習に向かった方がいろいろと楽なのだという。
「おーい鴻池〜?」
呼べども返事がない。
「おかしいな?いないのか?」
彼は鞄を自分の部屋に放り投げると、智鶴の部屋に入る。
なお、この寮の部屋は2LDという学生寮にあるまじき立派な構造で、
共有スペースのほかにそれぞれ自分のプライベートルームを持てる。
ただし食事は基本的に食堂で、トイレや浴場は共用だ。
それはともかく、部屋に入った貫太郎が見たのは
制服のままでベットにあおむけに寝ている智鶴の姿と、
ゲーム画面が付いたままのデスクトップパソコンだった。
「おいおい、寝てんのか。しかもパソコンつけっぱなしでよ。
ったく子供じゃねえんだから……仕方ない、上に何かかけて…」
チャッチャラチャーチャー♪チャッチャラチャーチャー♪
チャッチャラチャーチャー♪チャッチャチャ〜〜♪
「うおっ!?携帯か!?」
何か毛布でもかけてあげようかとしたとき、智鶴の制服ズボンのポケットから、
ワーグナーの『ワルキューレの行進』が大音量で流れる。
ところが智鶴が一向に目を覚ます気配がないので、
仕方なく貫太郎が電話を取ることにした。
『もしもし、ちーちゃん?』
電話してきたのはどうやら生徒会長のようだった。
「えー、この電話は現在使わ……いやいや、この電話はあと5秒で爆発しま―」
『その声は油屋ね。』
「ばれたか。あと油屋言うな。」
『油屋』は貫太郎のあだ名。よく油売ってるので油屋なのだとか。
「いま鴻池はぐっすり昼寝中だぜ。要件なら俺が伝えておく。」
『そう、だったらちーちゃんを起こして生徒会室まで戻ってくるように言ってもらえる?
早めに終わらせちゃいたいことがあるからよろしくたのむわ。』
「あいよーっ。」
ピッ!
「…っと、われらが会長は相変わらずお忙しいことで。おーい鴻池〜!
起きろ〜!お〜い!お客さ〜ん!終点ですよ〜!車庫にしまっちまうぜ〜!」
智鶴を起こそうと容赦なく彼の体をシェイクする貫太郎。
耳元で大声で叫んでみたり、頬をぎゅっとつねったりしてみる。
ところが、何をやっても彼は寝息を立てるだけで一向に目覚める気配がない。
「おかしいな……?全然おきねぇじゃんか。
お前のせいでまた油屋油屋言われるのはごめんだぜ。
お〜き〜ろ〜!め〜を〜さ〜ま〜せ〜!」
うんともすんとも言わない。
「………なんだろう、何かの病気か?と、とにかく会長に電話しておこう。
ぴっぴっと…、もしもし〜会長〜、俺俺〜。」
『オレオレという頓珍漢な名前の知り合いはいないわ油屋。ちーちゃんを出しなさい。』
「油屋言うな。それよりさ、鴻池が一向に目を覚まさねぇんだ。」
『目を覚まさない?』
「いや、一応生きてるし息もしてるさ。でもよ…揺すれど叩けどちっとも反応がねえ。
悪いがこっちに様子を見に来てくんないか?俺も心配でよ。」
『そう……、わかったわ、今そっちに向かうから。』
「おうよ。」
ピッ!
「ったく……、お〜い鴻池、本当にどうしちまったんだ〜………」
一向に起きない智鶴に貫太郎もだんだん焦りを覚え始める。
もしかしたら本当に何かの病気かもしれない。
そうでなければ、これだけ色々やっても起きないのは明らかに異常だ。
と、ここで彼はふとつけっぱなしのパソコンの画面を見た。
智鶴がゲームを起動したときにはまだオープニング画面だったが、
彼が意識を失って何も操作してないにもかかわらず
なぜか画面内では自動的にゲームが進行していた。
「…?何のゲームだこれ?もしかしてこの前こいつが買ったやつか?
にしても複雑そうだなこのゲーム。俺はこういうゲームは好きになれないぜ。」
今のところ彼はこのゲームに興味はないようだった……
……
それから10分くらい…
ピンポーン♪
「失礼します。生徒会会計局長の風宮です。会長をお連れ致しました。」
「あいよーっ。」
玄関のチャイムが鳴り、執行部の来訪を告げると、
円谷は足早に玄関に駆け寄って扉を開いた。
寮則の規定で、来訪者は勝手に生徒の部屋のドアを開けてはいけない
ことになっているので、必然的に彼が出迎えることになる
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