「(生きてる……。)」
意識を取り戻したコレールが最初に感じたのは、自身の命が未だに途切れていないことへの驚きだった。
やがて、霞がかかった視界が少しずつ鮮明になってくる。
コレールのいる場所は、どこかの大きな城における、玉座の間のようだった。しかし、床には割れた窓のガラス片や、ピクリとも動かない近衛兵たちの体、そして乾いていない血痕が広がる、惨憺たる有様である。
そして広間の中央では、既に人外じみた風貌と化しているムストフィルが、格式の高い服装の青年の首を掴んで持ち上げていた。
「息子よ……お前は私に嘘はつくまいな? 砂の王冠を破壊するための魔道具。その所在についての研究も、この帝都で続けられていたはずだ」
ムストフィルの口ぶりから、コレールは自分が連れてこられた場所が、ウィルザードの帝都にある皇帝の居城であることを理解した。
「魔道具は……どの遺跡を探しても見つからなかった……! それで十分なはずだ……!」
ムストフィルはしばらくの間無言で息子の顔を見つめていたが、コレールが意識を取り戻していることに気がつくと、その体を床に投げ捨てた。
「コレール=イーラ……お前は『赤い砂嵐』の伝説を知っているか? その砂嵐の中には、魂を喰らい生きる『赤の巨人』が潜んでいるという話だ」
ムストフィルはコレールに語りかけながら、砂の王冠を手に持ち上げる。まばゆい光を放つ王冠は泥の様に形を変えて右腕に纏わりついていき、やがて4つの魂の宝玉が埋め込まれた篭手へと変貌した。
「赤の巨人の正体は、古代の魔術師たちが魂の宝玉の実験によって作り出した一種の人造生命体だ。皇帝を守るために産み出された兵器だったが、砂の王冠をめぐる内乱の中で制御を失い、赤い砂嵐をまとって無差別に魂を取り込む災厄と化した。……だがそれも今日までの話だ」
ムストフィルが赤銅の篭手と化した砂の王冠を頭上に掲げる。王冠と宝玉は強い光を放ち、それに呼応するように玉座の間の床に魔法陣が形成され、外壁の外から身の毛もよだつような唸り声が響いてきた。
外部からの強い力によって外壁が崩壊し、その衝撃と散らばった瓦礫が身動きの取れないコレールの体を襲う。
外壁に空いた穴から真紅の砂粒で形作られた巨大な手が差し伸べられる。ムストフィルはその手のひらに足を乗せると、コレールに向かって勝利の笑い声を浴びせかけてきた。
「まずはステンド国にある最後の宝玉を頂きに行くことにしよう! 砂の王冠が完成すれば、赤の巨人も私自身も不滅の存在となる! そうなればもはや砂の王冠を破壊するための魔道具とやらも恐るるに足らん!」
コレールは全身を襲う激痛に耐えながら巨人に向かって必死に手を伸ばすものの、彼女の意識は再び深い闇の中へと沈んでいった。
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コレールが立っていたのは、一面に白いデュランタの花が広がる、不思議な雰囲気の空間だった。
「私は……死んだのか?」
鱗に覆われた自分の両手を眺めるコレール。
暫く呆然としてからふと顔を上げると、目の前に恰幅の良い中年男性が微笑みを湛えて佇んでいた。
そしてその微笑みは、コレールの記憶にある中で最も古く、そしてもう二度と見られないはずのものだった。
「父さん……?」
「コレール」
かつて魔王軍の諜報部隊に所属し、内通者の裏切りによって命を落としたはずの父親、ディアスの姿が、そこにはあった。
コレールは思わず手を伸ばすが、後少しで触れられるという距離で阻まれる。二人の間には、透明な壁のような何かが立っていた。
「父さん……会えて良かったよ……その、父さんが死んでから色々あって……」
奇妙な状況に戸惑いつつも、自身の現状を伝えるべく話し始める。
「あれからウィルザードって言う場所にクリスと派遣されたんだ。そこで色んな人たちと出会って……見たくもないような光景も見せられたけど……懸命に生きてる人たちもいて……そうだ、私、恋人ができたんだ! 私がだよ、信じられる? ……はは、すごいよな……はは、は……」
違う、そうじゃない。亡くした父に伝えたいことは沢山あるけれど、一番伝えたかったことはそれじゃない。
コレールは乾いた唇をなめると、肩を震わせてあの時伝えられなかった言葉を絞り出した。
「ごめん、父さん……私、父さんを守れなかった……最期を看取ることすら……本当に、ごめん……」
自己嫌悪に沈むコレールに向かって、ディアスは穏やかな、そして少し悲しげに微笑みながら口を開いた。
「自分を責めるな、コレール。覚悟の上だ」
ゆっくりと、顔を上げるコレール。
「母さんはどうしてる? ここの居心地も悪くはないが、もしかしたらアンデッドとして甦ることが出来るかもしれ
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