「くそっ、最悪の気分だ……!」
悪態をつきつつ鉄柵状の、裏庭の門扉を閉めるドミノ。
ふと視線を上げると、眼前には四人程の兵士たちが立ち尽くしていた。
「見回りか? 今裏庭に行くのは止めといた方が良いぜ。あんたの手には負えない輩が――」
ドミノが言い終わる前に、先頭の兵士の槍が鼻先に触れられる寸前の距離まで突き付けられる。
「……結構な挨拶だな? 俺が一体何をしたって言うんだ?」
「とぼけても無駄だ。『ホワイトパレスの悲劇』で何人の兵士やその家族が、黒魔術と暴徒たちに惨殺されたと思っている!」
「何のことだかさっぱりだ」
「ハースハートの焚書未遂事件の時に、失われたはずの黒魔術を扱う男がいたという目撃情報があったんだ。その男の風貌はちょうど、今のお前に瓜二つだったんだよ! 俺の記憶が正しければ、お前は確か事件の後に消息不明になった奴隷だったよな?」
「(こりゃまずいぞ。何とか誤魔化さねえと。今は黒魔術が使えないってのに)」
ドミノ――もといそのもう一つの人格であるオニモッドが「ホワイトパレスの悲劇」の下手人であることは事実だが、兵士の把握していることは全て状況証拠及び、噂の類いに過ぎない。
ドミノはそこを突いて何とかこの場を切り抜けようと考える。
『よく気がついたな。この私――性格にいうと、この青年の肉体に宿っているもう一つの人格、オニモッドこそがMr.スマイリーの正体だ』
「(――!!?)」
しかし、実際に口をついて出てきた言葉は、兵士たちの疑惑を確信へと変える一言だった。
「貴様……!」
兵士の一人の拳がドミノの顔面に叩きつけられる。口内に血の味を感じながら尻餅をつくと、建物の陰からこちらを覗く、見慣れた顔の存在に気がついた。
「(エミィ! あいつ、俺たちが帰ってこないのを心配して、探しに来たんだ!)」
黒魔術が使えない今、彼女まで標的にされたら、最悪の自体になる可能性は目に見えている。
『エミリア、助けてくれ! こいつら俺を殺すつもりだ!』
ドミノの口から出てきた言葉は、またしても彼の思惑とは正反対の内容だった。
「ドミノさん!」
すぐさま飛び出してドミノの元に駆け寄ろうとするエミリアに、兵士たちの槍が突き付けられる。
「お前もMr.スマイリーの仲間か……!」
「よせ、彼女は関係ない!」
ドミノは兵士の言葉に反論しつつ、精神を集中させてオニモッドとの対話を試みた。
――――――――――――
「(オニモッド! いったい何のつもりだ! 俺が死んだらお前の存在も消えてなくなるんだぞ! それにこのままじゃエミィの身にまで危険が及ぶ!)」
『(そのエミリアの存在が問題なんだよ、ドミノ。君は意識していないだろうがね)』
「(どういうことだ……?)」
『(君が魔物娘と……特にエミリアと接するようになってから、君の残酷な精神の一面が、徐々に穏やかになっていることに私は気がついたのだ。このままでは復讐代行人としての君はいずれ緩やかに死んでいくとことになるだろう。そろそろ本来の君に立ち返る時が来た。罪の無い者の犠牲は悲しいことだが、今の君には良い薬になる)』
「(まさか……!)」
――――――――――
ドミノに槍を突きつけていた兵士は奇妙な感覚を覚えていた。蝋のように白い腕が自分の腕に絡み付き、Mr.スマイリーではなくホブゴブリンへの方へと槍先を誘導している。おまけに頭の中に、凍りつくようなおぞましい声色が語りかけてくる。
『(今の君は仇の生殺与奪を握っている……。まずは奴が大切にしている魔物娘を、奴の目の前で奪ってやろう)』
それは決して幻覚や幻聴などではなく、端から見ればドミノの体から抜け出たオニモッドの魂ともいえる物体が、彼の体に怨霊のごとく纏わりついていた。しかし、兵士にはその何者かの正体も、状況の異様さも客観的に把握する余裕は無かった。
『(さぁ、彼女の喉にその槍を突き刺すんだ。君の家族や同僚の魂が、奴に報いを受けさせろと叫んでいるぞ。君が味わった苦痛を、今度はMr.スマイリーに味合わせてやれ)』
兵士は冷や汗に濡れて震える手で槍の柄を握りしめ直すと、怯えた表情のエミリアに槍の先を近づけていく。オニモッドはエミリアを失ったドミノが、復讐者としてより完璧な存在になる姿を想像して、愉悦に身を震わせた。
『(嗚呼……ドミノ。君の心はエミリアの物ではない。私の物だ。二人でより完璧な存在へと近づこう)』
ゴキャッ!!
肉塊が地面に叩きつけられ、骨がへし折れる音が裏庭から響き、ドミノだけではなく興奮する兵士たちの意識を一瞬で現実へと揺り戻した。
「な……何だ今の音は?」
「おいあれ……勇者様と、ロウ大臣じゃないのか!?」
鉄柵で造られた裏庭の門を
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