第41話「代償A」

アラークはホワイトパレスの裏庭で、一人の小柄な男と対峙していた。

いや、対峙というのは些か語弊があるかもしれない。何故なら鋼鉄製の「殺す方の剣」を抜いているアラークに対して、フォークスの方は背を向けていたからだ。

「結局、過去の過ちから逃げ続けることは出来なかったというわけだな。あの日と同じ満月の夜に、あんたは俺の所へと戻ってきたというわけだ」

ゆっくりと振り向くフォークスの視界に、ドミノとクリスの二人の姿が飛び込んできた。

「おい親父!」

「アラーク! 何してるの! 武器を収め――」

クリスが言い終わる前に、剥き出しの刃が彼女の接近を妨げる。

「部屋に戻ってろ二人とも」

そう呟くアラークの声色は微かに震えており、彼が平静を装うことに必死であることを如実に示していた。

「かつて……ウィルザード大陸の北方に位置する島国から、頑丈な船を作って外海へと飛び出し、豊富な資源を求めてウィルザード大陸へと進出した民族がいた」

混乱するクリスたちの様子を前にしたフォークスが、突然不気味なほどに抑揚のない口調で語り始める。

「残虐で狡猾なグァーナ……古代ウィルザードの言葉で、『海から来た悪魔』と呼ばれた彼らの一団はある日、冷酷な剣士に率いられ、一つの集落を襲撃して壊滅に追いやった」

突然の語りに困惑するクリスたちを意に介さず、フォークスの話は続く。

「集落に住んでいた人々の大半は殺された。生き残った人間も彼らに捕らえられ、人身売買によってある者は奴隷、ある者は人体実験の素体として買われていくことで、散り散りとなってしまった」

フォークスは自身の胸にそっと手をかざす。

「当時ウィルザードのとある領国では、遺跡の発掘時に見つかった『魂の宝玉』の研究が盛んに行われていた。研究者たちの興味を引いたテーマは、『魂の宝玉を魔杖や砂の王冠といった魔道具ではなく、人体を触媒にした場合、何が起こるのか』というものだった」

「おいまさか……」

ドミノはかつてフォークスに対して感じた、言いようのない薄気味悪さを思い出していた。

「その国はグァーナから買い取った人間たちを使って、魂の宝玉を人体に埋め込む実験を繰り返した。多くの犠牲者を出していく中で、ただ一人宝玉の秘める強大な魔力を制御することに成功した男がいた」

身に纏っていた衣服が塵となっていき、フォークスの上半身が露になる。そこにあったものを見たクリスは息を呑み、ドミノはたまらず目を背けた。

深い緑色を湛えた拳大の大きさの宝玉が、その胸に埋め込まれていた。宝玉の周辺は太く浮き上がった血管が緑色に変色しており、不気味に脈動している。

「男は研究者たちの隙を突いて彼らの監視下から抜け出し、研究所を保管されていた資料ごと焼き払った。だが、自由の身を手に入れたところで男には頼れる恩人も、帰るべき故郷も残されていない。男に残されていたのは復讐の道だけだった」

ここに来てフォークスの視線がアラークの顔を真正面から捉えた。

「ようやく見つけた仇は名前も顔も変えていたうえに、魔物娘の仲間と共にウィルザードを旅していた。男は彼らの後を尾行しつつ情報を集めて、最終的に今自分の目の前にいる人間が、間違いなく故郷を壊滅させた剣士であり、いずれ神聖ステンド国を訪れることを突き止めた。男はクーデターによる混乱に乗じて仇の息の根を止めるために、ステンド国の反乱分子と共謀することを決断した……ご清聴どうも」

明らかになったアラークとフォークスの間の因縁に、クリスは少なからず衝撃を受けていた。だが彼女以上に激しく動揺している人間が、その隣にいた。

「おい、嘘だよな親父……あんたが昔は蛮族共の……『海から来た悪魔』の一員で、人身売買に関わっていたなんて。しかもそのことを隠したまま、俺やボスと楽しく旅をしていたなんて、たちの悪い冗談だよな? まさかとは思うけど、俺たちにそのことを知られる前に、フォークスを殺して、証拠隠滅を図っていたことなんてないよな?」

アラークの顔は満月の薄明りの下でも目に見えるほどに、青ざめていた。

「全て……本当の……話だ……」

その言葉を聞いたドミノはがくりと俯くと、無言のまま踵を返して裏庭の出口へと向かっていった。

「ちょっと待ってドミノ! どこに行く気!?」

血相を変えたクリスが、その手首をつかんで引き留める。

「どこって……『部屋に戻る』に決まってるだろ。お前も巻き込まれたくなけりゃそうしとけ」

「フォークスはアラークを殺す気よ! 私一人で彼を止めるなんて無理! せめてコレールを呼んできて!」

「俺はあいつのことを尊敬していた!!」

クリスに負けないほどの勢いで声を張り上げるドミノ。

「俺は父親ってもんを知らねぇ。だからアラークのことは理想の父親み
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