第38話「国を統べる器@」

大聖堂の大広間における、高位聖職者との謁見。それは時に絵画に描かれ、後世に伝わることも少なくない、荘厳であるべき出来事。

だがホワイトパレスで現在行われている謁見を後世に残したところで、そこに宗教的意義を見いだすことは難しいに違いない。なにせ跪く者たちの半分は魔物であり、大司教の方もお世辞には威厳があると言い難い風貌だったからだ。

「よくぞ参られた! 余が大司教、聖ホリオ三世である!」

そのように名乗る大司教は服装こそ伝統ある厳かな物であったが、それを持ってしても顎から二の腕、お腹に至るまででっぷりとした脂肪に覆われた肉体を誤魔化すには不十分であった。

「して、そなたたちの成し遂げてくれたことはブルーエッジから聞いて――」

「大司教様。そのことはご内密にと申しました」

大司教の座の横に立っていたヴァルキリーが唇を動かさないように耳打ちする。

「……ああ! ううむ……そういえばそなたたちは『魂の宝玉』なるものについて話すためにこの国を訪れたと聞いておる! だが正直に言うと余は『魂の宝玉』について詳しいことは何も知っておらぬ! それに関しては魔物担当大臣のリネス=アイルレットについて聞くとよかろう!」

「ぶふっ」

「(おいよせ馬鹿! 聞こえるだろ!)」

コレールが小声で諫めるが、ドミノが吹き出してしまうのも無理もなかった。一つだけでも一国を丸ごと吹き飛ばしかねない古代の魔法石について、国の指導者が何も知らされていないという事実をここまで堂々と宣言されては、笑いたくもなるというものである。

幸い、大司教はドミノの不敬には気づいておらず、隣のヴァルキリーも聞こえなかったことにしてくれているようだった。

「とはいえ、この国にたどり着くまでの旅路は決して容易なものではなかったであろう。まずはここホワイトパレスでゆっくりと旅の疲れを癒してから、彼に面会することを勧めよう!」


―−−−−−−−−−−−−−

「なぁ親父。あの大司教様が裏で汚いことをやっている方に俺は50ゴールド賭けるぜ」

「ずるいぞドミノ。私もそっちに賭けるつもりだったんだ。100ゴールドでも良い」

「二人ともそんなこと言っちゃ駄目です!」

聖堂の廊下で声もひそめず、そのような会話をする二人に対してぷりぷりと怒るエミリア。

大司教に休養を勧められたとはいえ、コレールたちは神聖ステンド国に長居をするつもりは更々無かった。特例で手続き無しの入国を認められたとはいえ、自分たちはあくまで余所から来た魔物娘であり、何よりドミノの正体がばれたら五体満足で国を出れるかどうかも怪しいと考えていたからだ。

そういうわけで彼らが次に訪れたのは、魔物担当大臣リネス=アイルレットの執務室の扉の前であった。

「……中が騒がしいな。誰もいないわけじゃなさそうだ」

「それなら入っちゃおうよ」

ノックをしても返事ないことを訝しみつつも、コレールはパルムの提案に応じてドアノブを捻った。


部屋に入った彼らが目にしたのは報告書らしきものの束を持って机の前に並ぶ衛兵の列と、その机の奥で座っているリネス=アイルレットらしき男の姿だった。

アイルレット氏はカラスの濡れ羽色の髪の毛に、エメラルドのような緑色の瞳、そして優美と称しても過言ではない端正な容姿の持ち主であった。

しかし彼の眼の下には睡眠不足から来ているらしい隈が出来ており、その顔つきも疲れ切っていると言わんばかりにやつれているという有様である。

「大臣。息子がデビルに攫われたという女性からの報告が届いております。悪魔祓い(エクソシスト)の出動を要求してきました」

「そいつに悪魔祓いはとうの昔に解散したと伝えておけ。それと、あんたが息子の意に背いた無理な教育を反省して、悔い改めれば息子はそのうち帰ってくるともな」

「承知しました。大臣」

アイルレットの机の前から衛兵が一人離れ、順番を待っていた次の衛兵が口を開く。

「大臣。ヘルハウンドが少年に襲い掛かって手に負えないという報告が――」

「その件はとっくに解決済みだ! 情報の共有くらい自分たちでしておけ!」

「承知しました。大臣」

「大臣。複数人のラミア属の魔物に追いかけ回されているという男性の目撃情報がありました」

「大方ラミア族の嫉妬深さも知らずに、二股だか三股だかをかけていたんだろう。その件は後回しだ。他にもっと優先すべき案件がある」

「承知しました、大臣」

「さぁ、もう昼休みの時間だ。残りの報告は午後からにしろ。全員出ていくんだ」

衛兵たちが全員執務室を後にすると、リネスは大きくため息をついてからコレールたちにちらりと目をやった。

「それで。私の貴重な昼休みの時間を消費するだけの価値のある話は持ってきてくれたのだろうな」

「誰に
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