第36話「時代の遺物」

オアシスの傍らで赤々と燃えるキャンプファイアーの炎が、満天の星空を湛える夜空を照らしている。

焚き火には串焼きにされた魚やトカゲが香ばしい香りを漂わせており、コレールたちはようやく訪れた安息の時を味わっていた。

「コレール……食べれる?」

「ああ……それじゃあ、ひとくちだけ」

そう言ってパルムがトカゲの串焼きを毛布にくるまっているコレールに差し出すと、彼女は震える手を毛布の隙間から差し出して――

ブチッ、バリバリ!

――串ごとトカゲの頭を食いちぎってから、残りの部分の肉もあっという間に喰いつくし、残骸を地面に放り投げた。

「……コレールの体調は悪くなさそうね。そっちはどう?」

クリスが振り向いた先では、エミリアが傷を負ったゼロ=ブルーエッジ――神聖ステンド国の魔物娘に対する中立姿勢に反発し、国を去った勢力の指導者――の看病をしていた。

「……応急手当は済ませましたが……意識が混濁しているみたいです。もしかしたら傷口が炎症を起こしているのかも。もっと治療薬や医療設備が充実しているところまでいければ良いのですが……」

「となると、最も単純な解決策は、このまま神聖ステンド国に向かうことだな」

そう言ってアラークが焼き魚の腹の部分を食い千切る。

「魔物娘を出し抜いて大虐殺を引き起こした男と、魔物娘と共存していく体制に反発した男の両方を、半分が魔物娘の集団が、主神教団勢力の本拠地に連れこむってわけか。笑えるね」

苦笑するコレール。

「案外素直に通してくれるかもしれないぞ。『コンコン! お届け物です!  危険分子を二人ほどお届けにお伺いしました!』『ああどうぞぞうぞ! ゆっくりしていってください!』」

アラークの不謹慎な冗談に、疲れ果てていた一行は全員引きつったような表情で、絞り出したかのように小さい笑い声を漏らす。

その声がきっかけとなったかどうかはともかく、ゼロ=ブルーエッジが意識を取り戻して上体を持ち上げていた。

「おっっ……!」

予想外のタイミングに間抜けな声を出す一同。

それでもコレールは身を低くして戦闘体勢に入り、ドミノは掌に暗黒の魔力を集め、クリスは魔杖を突き付け、アラークとパルムはそれぞれの得物を抜き出していた。

ゼロはターバンの隙間からぞっとするような深紅の双眼で周囲を見回し、ひと呼吸おいてから、呟いた。

「誰か……水をくれ」

――――――――――――――――――――――――――

「『赤い砂嵐』から一人も欠けずに脱出することが出来たということか。奇跡だな」

多少かすれてはいるものの、はっきりとした声量で話すゼロ。敵意が無いことを判断したコレールたちは、そわそわしつつも彼の言葉に耳を傾けていた。

「私は部下を引き連れて行軍している最中にあの砂嵐に捕まったんだ。あそこが死に場所になると覚悟はしていたが……お前たちには借りが出来たな」

「気にするな……それよりも、あの化け物について、何か知っているか?」

コレールの質問に、ゼロはふうと小さく息を吐いた。

「確かなことは何も……だが恐らく、古代技術の産物である可能性は高いな。奴はどうやら犠牲者の肉体を丸ごと取り込んで、その魂から魔力を少しずつ吸い上げることで、活動のエネルギーとしているようだ。その性質は、古代ウィルザードの伝説で語られる『魂の宝玉』と酷似しているとも言える」

そう言ったきり、ゼロは言葉を続けることはなく、しばらくの間一行は沈黙に包まれた。

その内静けさに耐え切れなくなってきたクリスがおもむろにドミノの脇腹に軽い肘撃ちを食らわせた。

「(ドミノ! 何でも良いから話振って!)」

「(なんで俺なんだよ!)」

「(いつも軽口ばっか叩いてるじゃない! 貴方の得意分野でしょ!)」

「(ああ確かにそうだな! それじゃあお言葉に甘えて――)なあ、爺さん」

ドミノが口を開く。

「あんた、今まで何人の魔物娘をぶち殺してきた?」

クリスは渾身の拳骨をドミノの頭に食らわせた。

「どーして! どうして貴方はいつもいつもそういう血なまぐさい方向にばかり考えを向けるのよ!!」

「重要なことだろうが! 忘れちゃいねえだろうな、こいつは反魔物思想の指導者で、あのバトリークの野郎のボスなんだぞ!!」

「よせクリス」

ドミノの胸ぐらをつかんで怒鳴りつけるクリスを、コレールが諫める。

「私もはっきりさせておきたいと思っていたんだ。ゼロ。あんたは魔物娘や、魔物娘に協力的な人間を殺したことはあるのか?」

コレールは深紅の双眼を真っ直ぐ見据えながら訊ねる。ゼロはその視線を正面から受け止めつつ、口を開いた。

「魔物娘も、彼女らと親しい人間も、殺したことは一度もない。部下に持たせているのも魔界銀製の武器だ」

「……そうか」

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