第35話「叫び」

ウィルザードの砂漠地帯において砂嵐はありふれた自然現象であり、多くの地元民はその危険性も熟知している。

しかし、赤黒い砂煙を巻き上げながら旅人やキャラバンに襲い掛かる「赤い砂嵐」の危険性は、通常のそれとは比べ物にならない。

この砂嵐に巻き込まれて生還した者は極僅かであり、人々が彼らから得た教訓は非常に残酷なものであった。

「赤い砂嵐に遭遇した時の選択肢は二つだけ。一人を残して他の物が生き延びるか、全員で死ぬか」

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「駄目だ、私はここに残る」

ゼロは、コレールが差し出した手を弱弱しい力で振り払うと、鋼鉄製の腕で砂煙の向こう側を指差した。

「『あれ』が見えるか……? 生贄を欲している。誰かが残らなければ、『あれ』はどこまでも追って来るそうだ」

コレールたちが目を凝らすと、血煙のようにも見える砂塵の奥から、巨大な人型のシルエットが、ぼんやりと浮かび上がってきた。

「やべえぞボス……! その爺さんを置いて早く逃げよう!」

「駄目よそんなこと! 見殺しにするなんて、魔物娘の倫理に反するわ!」

「その通りだ」

ドミノの主張に反対するクリスにそう答えると、コレールは身に付けていた銀の髪飾りを取り外して、馬車の荷台の上にいるパルムの手に押し付けた。

「……!」

「死にたくないし、死にに行くつもりはないけど……今回ばかりは、保証は出来ない。さぁ、行ってくれ」

その姿を目にしたエミリアの瞳に、みるみる涙が溢れていく。

「コレールさん……」

ゼロの体を持ち上げて、荷台に積み込むのを手伝いながら、アラークも呟く。

「今生の別れというのは大抵、心の準備が出来ない内に訪れるものだ。……さようなら、コレール」

彼女の自己犠牲を目の当たりにして、今回ばかりはドミノも皮肉や軽口が思いつかないようであった。

「ああ、その……何て言うか、世界があんたみたいな奴ばかりだったら、俺も復讐屋なんてやらずに、平凡に生きていけたんだと思う」

「もう手遅れみたいに言うな。……クリス、後は頼んだ」

クリスは目を伏せたまま唇を噛み締めていた。純白の体毛に覆われた体が小刻みに震えている。

「さぁ、行くんだ!」

発破をかけるコレールと最後まで目を合わせないまま、クリスは手綱を握りしめて、魔界豚を砂嵐の外へと走らせていった。


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「さぁ、来いよデカブツ! 私の命が欲しいんだろう!?」

コレールは両腕を広げて叫びながら、砂塵の奥に潜む巨躯の影へと歩み寄っていく。

もうかなり近づいているはずだが、深紅の砂煙に隠れた巨人の全貌は、把握出来そうにない。

「……」

少しの沈黙の後に、砂煙の奥から姿を現した巨人の拳が、コレールの全身を掴み上げた。

「ぐっ……!」

苦悶の声を漏らすコレールに、巨人の顔がゆっくりと近づいてくる。

その顔を間近で目にした瞬間、コレールは心臓に氷柱が突き刺さったような
感覚を覚えて、目を見開いた。

「何だ……これ……」


巨人の顔の輪郭そのものは、砂嵐と同様深紅の砂粒で構成されていた。しかしそこには、太古の時代の土偶にも付けられているような目や口、鼻といった記号は無く、その代わりに無数の人間の顔が蠢いていたのだ。

「嘘だろ……一体……どうして……」

コレールの目には、ハチの巣に群がる働きバチの様に蠢く無数の顔全てが、助けを求めて叫んでいるようにも見えた。


そして次の瞬間、青白く光る矢が巨人の顔面を貫いていた。



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――時間は少し遡る。

「砂煙で何も見えない! みんな、はぐれていないか点呼して!」

クリスはカクニが引く荷馬車を全速力で走らせ、赤い砂嵐からの脱出を図っていた。

「ドミノはここにいるぜ!」

「アラークもいる! ゼロ=ブルーエッジは声を出せないが、私の隣にいる!」

「エミリアもいます! パルムさんも隣に――とな、り……」

「エミィ? パルムは?」

クリスは恐る恐る訊ねた。

「え、嘘……さっきまで隣にいたはずなのに……」

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光る弓矢に顔面を貫かれた巨人は、その表面に浮かび上がる全ての顔面におぞましい叫び声を上げさせながら腕を振り回し、そのままコレールの体を地面に叩きつけた。

「……!」

クリスたちの目を盗んでコレールの元へ駆けつけていたパルムは、すぐさま彼女の元へと走り寄る。

コレールは完全に意識を失っていた。鍛えたリザードマンの強靭な肉体でも、砂地に激しく叩きつけられた時の衝撃の全てを、和らげることはできなかったのだろう。

気がつけば巨人は姿を消しており、赤い砂嵐
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