第32話「メメント・モリ」

――魔王軍第七ウィルザード遠征部隊野営地、救護所。

「あっ、コレールさん……」

救護所のテントの中へと足を踏み入れたコレールは、真っ直ぐにベルの治療を引き受けているエミリアの元へと向かった。

ベルは冷水で冷やした布巾を額に置いた状態で、ベッド代わりの毛皮の上で目を閉じていた。
高温で焦げた後が残る、耳先の毛が痛々しい。

「エミリア。ベルの具合は……」

「火傷と、少し煙を吸っているけど、そこまで酷い怪我ではありません。ただ、心の負担が大きくて、さっきからひどくうなされています……」 

「……そうか」

コレールは重苦しい表情で答えた。コボルドの様な温厚な魔物娘、ましてや子供があのような光景を目にしたら、トラウマになるのは当然だろう。

「それと、先程こんな書き置きを残して、カーティスさんがいなくなってしまって……」

コレールはエミリアから、一枚の羊皮紙に乱雑に書かれた手紙を手渡された。


「俺の血は呪われている。これ以上ベルと一緒には居られない。魔王軍にベルをよろしく頼むと伝えてくれ。助けに来てくれてありがとう。あんたのことは忘れない。 ――カーティス」


「……分かった。私は井戸で顔を洗ってくるから、何かあったら呼んでくれ」

コレールはそれだけ言い残すと、その後は一言も喋らずに救護所を後にした。

「エミリアさん……兄貴、どこ……?」

「えっ、あっ、ベルさん、起きて……」

「兄貴とお話ししたい……探しにいく」

エミリアは起き上がろうとするベルの肩を掴み、強引に毛皮の上に押し戻した。

「あの、カーティスさんは……ベルさんが元気になったら、戻ってきますよ! だから、今は体を休めて……!」

今の状況でカーティスが去ったことを話すのは、精神への負担が大きすぎる。エミリアは自信の判断が正しいはずだと考えつつも、胸を刺す罪悪感から逃れることは出来なかった。



――魔王軍第七ウィルザード遠征部隊野営地、本部テント。

「作戦は失敗だ」

デュラハンのマルガレーテは、そう呟いて机の前で俯いていた。

彼女とクリス、アラーク、パルム、救護所にいるエミリアは、クァラ族の集落で起こったことの全てを、コレールの口から伝え聞いていた。

「でも、最悪の結末は防げた。クァラ族の人々は全員無事だ」

「インファラードの兵士たちは全滅だ」

アラークの励ましに、マルガレーテはきっぱりと反論する。

「インファラードの国王はこのことを口実に、魔王軍に戦争を仕掛けるだろう。ここまで事を大きくしてしまったのは、判断を見誤った私の責任だ」

「戦争なんて起こらねえよ」

クリスたちが振り向くと、灰と土汚れにまみれたドミノが丁度テントの中に入ってくるところだった。

「ドミノ! 貴方は戦争の引き金を――」

「だから戦争は起こらねえっていってるだろ。インファラードはおしまいだ」

ドミノはクリスに胸ぐらを掴まれながら、生気の感じられない表情で答える。

「連中に手を下したのはオニモッドだ。あいつの容赦の無さは、俺の想像を越えている。インファラードはもう二度とクァラ族を迫害することなんて出来なくなるだろうよ」

ドミノはそう言ってから、地面の上に直接、仰向けに寝っころがった。

「……外でボスと会ったよ。怪我は軽いのに、酷く打ちのめされていた。ありゃいったいなんなんだ?」 

ドミノの疑問を聞いたクリスがアラークとパルムの方を振り向くと、二人も同じような感想を抱いたらしく、問いかけるような目でクリスを覗きこんでくる。

「そうね……皆には話しておくべきかもね……」

―――――――――
コレール=イーラの人格形成の大部分は、父親であるディアス=イーラの影響を受けていると言っても過言ではないだろう。

心身の強靭さと思慮深さ、そして正義感を兼ね備えた人間だったディアスは、魔王軍の諜報部隊に所属していた。

人々を圧政で苦しめる反魔物国に潜入し、魔王軍の侵略が円滑に進むよう、様々な工作活動を行う――ディアスの仕事は危険を伴う割りに陽の目の当たらないものであったが、彼自身はその仕事に遣り甲斐を感じており、コレールもそんな父親を誇りに思っていた。

だが、ディアスに幸運の女神が微笑み続けることはなかった。

ある反魔物国に潜入していたディアスは、内通者の裏切りに遭い、部下の魔物娘共々衛兵たちの手で捕らえられてしまったのだ。

ディアスはせめて部下だけでも逃がそうと考え、自分が囮となることで部下の全員を国外へと脱出させ――引き換えに、自身はその命を散らした。

ディアス=イーラの死は魔王軍全体に衝撃と哀しみをもたらしたが、コレールとその母親が感じた苦痛の比ではなかった。

勇敢な魔王軍の戦士であった母は、夫の死を受け止めきれず、元の住居から遠く離
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