「バトリーク様! 大変なことになりました!」
「そんなの見れば分かるだろ! この馬鹿者!」
野次馬からの投石に晒されているバトリークは、走りよってきた兵士に怒鳴り付ける。
「いえ、そうではなくて……」
「じゃあ何の話だ!」
「……」
「な、何だって……?」
兵士に耳打ちされたバトリークの顔から、みるみる血の気が失せていく。
「全員武器をしまえ! 闘いは終わりだ! 武器をしまうんだ!」
「な……今なんと!?」
突然の宣言に兵士もギャングも一斉にバトリークの方に視線を向ける。
「バトリーク様、一体ーー」
「『将軍』が来てる! 全員武器を納めるんだ!」
「将軍」という単語が出てきた瞬間、篝火広場全体に緊張が走った。
バトリークの私兵たちはすぐさま武器をしまい、ギャングたちは隠れ場所を探すネズミの如く動揺した様子で辺りを見回している。
「『将軍』? カナリが言ってた『ゼロ=ブルーエッジ』のこと?」
「クリス」
アラークは咄嗟にクリスの体を自分の側に抱き寄せる。その表情はいつになく張りつめていた。
「ついに連中が出張ってきた。ゼロ=ブルーエッジのお出ましだ」
野次馬たちが一斉に広場の端に避けることで出来た空間に、数十人ほどの武装した集団が姿を表した。
兵士たちの装備はいずれも鍛えられた高品質であることが見た目でもわかり、動きにも一切の無駄がなく規律が取れている。
彼らを率いて姿を現したのは、誰の目に見ても異形というべき風貌の男だった。顔面を覆うターバンから覗く両目は赤黒い血の色を湛えており、右腕が魔術的な紋章の刻まれた鋼鉄の義手となっている。
兵士たちを率いる男はコレールたちには一切目もくれずにバトリークの元へと歩み寄ると、そのまま彼の眼前に無言で立ちはだかった。
「しょ……将軍。まさか一度は追放された我々の元に、貴方が来てくださるとは、思いもしませんでした」
「私も思いはしなかったぞ、バトリーク。まさかかつての部下が私の名を騙り、無法者と手を組み、貧しい人々から富を吸い上げていたとはな」
地獄の底から響いてくるような声に、バトリークは真っ青な顔で、何事かをぶつぶつと呟くことしかできていない。
「そ、それは……」
「私の目から逃れられると思っていたのか、バトリーク? お前の配下の中に私の息がかかった者など1人もいないと、本気で考えていたと?」
男はそういうとおもむろにターバンに手をかけ、そのまま布を振り払ってその下の素顔を露にする。
「……うそ……でしょ……?」
ブルーエッジの素顔を目の当たりにしたクリスが震える声で呟く。
同様に周りのやじ馬たちからも悲鳴や呻き声が発せられ、バトリークに至っては恐怖でまともな呼吸すら難しくなっているようだった。
ターバンの下の顔は、普通の人間男性のそれとは大きくかけ離れた容貌だった。
皮膚の上は凶暴なネズミの群れがかじり回ったかのように無数の傷跡で覆われており、顔面の大部分を、強酸を直接浴びせられたような火傷の跡が占めている。
その悍ましい傷跡の中に、ぞっとするような深紅の双眼と、蝋化した死体に似た色の白髪が置かれているのだ。その異形の顔は、正に旧世代の悪魔の具現と呼ぶにふさわしいだろう。
「これは……この世に存在しちゃいけいない類の顔だな」
「人のこと言えるか」
「!?」
ドミノとアラークのやり取りをよそに、ブルーエッジは怯えるバトリークの喉を鋼鉄の義手で締め上げた。
「がっ……か……」
「貴様のような小賢しい男を『追放』したのは間違いだった。『監視』しておくべきだったのだ。決して自由に行動などさせないように」
スラムの市民たちが怒りに唇を震わせるブルーエッジの姿を固唾を飲んで見守る中、広場の反対側から日傘を持つ従者と大勢の衛兵を従え、高貴な服装を身に纏った麗しい女性が姿を現した。
「領主様だ!」
「領主様が来てくれた! これで安心だ!」
領主と呼ばれた美しい女性は薄い雲が日差しを遮っていることを確認すると、日傘の下から足を踏み出して、ブルーエッジの眼前に立ちはだかる。
「手を離してやりなさい、Mr.ブルーエッジ」
「……」
地面に投げ落とされたバトリークは喉を押さえ、青紫色となった顔でゼーハーと荒い呼吸を繰り返す。
「当初の約束通りにさせてもらうぞ、領主よ。我々はこの男の拠点を捜索し、犯罪行為を立証するに足る証拠を全て提出した後、3日以内にこの国を去る。ここにいるバトリークの部下たちの処遇は全て貴殿に任せるとしよう」
「そんな、俺たちを見捨てる気ですか!」
「ふざけるな!」
何人かの兵士たちが抗議の声をあげるが、ブルーエッジの鋭い視線が向けられると同時に、すぐさま萎縮してしまう。
「愚か者共め……当初
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