ハースハートのスラム街で最も大きいとされる広場ーー通称「篝火広場」は騒然としていた。
広場の中心では大量の薪が赤々と燃えており、そのすぐ側には書籍を山のように積んだ荷車。周りにはバトリーク率いる教団のアウトサイダーたちが睨みをきかしている。
騒ぎを聞き付けて集まってきたスラムの住民たちは、武装した男たちの前に一人で立ち向かうアヌビスの少女の姿を心配そうに見つめていた。
「またお前か小娘! 一体何度我々の邪魔をすれば気が済むんだ!?」
憤然とした面持ちで怒鳴り付てくるバトリークであったが、カナリは動じていなかった。
「自分が何をやろうとしているのか分かっているんだろうね、バトリーク」
「何を今さら! 我々は主神様の教えの元に行動する信者だ。あの図書館には魔物娘との共存を唱えるものや主神教団に対する批判的な内容の本が保管されていた。それを処分したがるのは当然のことだろう!」
「でも、実際に行動することを決めたのは、あんたじゃないんだろう?」
この一言で、バトリークの視線が俄に泳ぎ始めた。
「な、何の話だーー」
「ヴィニーが言ってたよ。あんたは指導者としては中途半端な人間だから、何か大きなことをする時は、必ずバックに誰かがいるって」
「生意気な……! おい、誰かこいつを捕まえろ!」
バトリークの命令に二人の兵士が反応し、彼女の両腕を捻り上げる。
「ちょうどいい機会だ。お前の体を使ってスラム街の連中に、我々に楯突くとどうなるか見せしめてやろう」
バトリークが顎で合図をすると、カナリを捕らえた兵士は真っ赤に燃え盛る薪木の炎に彼女の腕を近づける。
「カナリ!!」
血相を変えて駆け寄ろうとするヴィンセントの腰に、より強い力でハーンの刃が押し付けられる。
「仮にあんたが俺を振りきれたとしてもだ。ここは野次馬共の中……俺が一分で何人殺れるか、見せてやろうか?」
「くっ……!」
「みんな! 僕の話を聞いて!!」
利き腕を焼かれる寸前だという状況にも関わらず怯むどころか、スラムの人々に向かって声を張り上げるカナリ。
「焚書というのはただ本が焼かれるというだけの意味合いじゃないんだ! 命は限りあるもので、人は忘れる生き物だから、彼らは自身の経験や知識を、犯してしまった過ちを本に記した! そうやって未来に生きる人々のために、自分の意志を伝えてきた! それを焼いてしまうということは、未来を憂い、同じような過ちを繰り返させないという彼らの意志を踏みにじることなんだ!」
決してインテリとは言えないスラムの人々にも、彼女の言わんとしていることは何となく理解できた。
何故ならカナリが設立に携わり、無料で誰でも使うことが出来るハースハート中央図書館の恩恵を最も享受してきたのは、他ならぬ貧困層の人間たちだったからだ。
彼らはお金を払わずに何度でも読める本を通して様々なことを学んできた。教書は文字の読み書きと数の数えかたを、医学書は怪我や病の応急処置を、歴史書は様々な人間が為してきた偉業や過ちを教えてくれた。小説や漫画は酒や麻薬以外の娯楽となり、絵本は子供たちに道徳や世界の豊かさを教えてくれた。
図書館に並べられた本の存在は、スラムの人々の生活レベルを1つ上の段階に押し上げてくれた。それが今、自分達の目の前で灰になろうとしている。そんな結末は、誰一人望んでいなかった。
しかし、悲しいことにとかく人は暴力による支配に弱い。武装した兵士たちを前にして、カナリの必死の訴えに応えようとする者は一人もいないように見えた。
「ん、なんだあいつ?」
「どうした?」
「いや、屋根の上に……」
いや、彼女の言葉に己の行動でもって応えようとする者が今、ここにいた。
ザンッ!!
屋根の上から一人のリザードマンが、カナリを取り押さえている二人の兵士の前に飛び降りた。
「……」
両足と片手を地面に着け、砂埃を巻き上げながら着地したそのリザードマンは、無言で顔を上げ、カナリたちの方へ歩み寄っていく。
「コレール!!」
「おい、何の用ーーぐがっ!?」
コレールは彼女の歩みを止めようとした兵士の鼻柱に裏拳を叩き込むと、動揺した隙にもう一方の兵士をカナリの体から引き剥がし、そのまま頭を掴んで燃え盛る薪木の中に突っ込んだ。
「あぢゃあちちちちちちちちちっっ!!!」
「げっ、こっちくんな馬鹿!」
頭に篝火を焚かれた兵士はパニックになって明後日の方向へ走りだし、家屋の壁に激突して気絶した(彼の毛根の6割が焼け焦げた)。
「貴様、マーロウが逃げたときの……!」
「よし。やれクリス!」
カナリの安全を確保し、バトリークと対峙したコレールが何かの合図を送る。
「……あ?」
「クレイジードッグ」が上空の異変に気がつ
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