ゴクゴクゴクゴクゴク……
「ドロシー! もう一杯!」
「一杯で十分ですよ」
「足りないよ! もう一杯頂戴!」
クリスとエミリアがスラム街の片隅にある酒場でカナリを見つけたとき、彼女はカウンター席で飲んだくれている最中だった。
尤も、ジョッキに注いで飲んでいるのは酒ではなく、牛乳である。
「これは相当……」
「荒れてますね……」
カナリは戸口の近くで遠巻きにしている二人の存在に気づくと、空のジョッキを振り回しながら、カウンターに立つオートマトンの給士にがなりたてた。
「ドロシー! あそこの二人にミルクを一杯ずつ!」
「一杯で十分ですよ」
「一杯じゃ足りないだろ! に・は・い!」
クリスたちがおじおじしつつもカナリに隣り合った席に座ると、彼女たちの前に牛乳を注いだジョッキが置かれた。
「ねぇ、あの……」
「一杯で十分ですよ」
「……え?」
オートマトンに話しかけようとしたクリスはここで、オートマトンが先程から同じ台詞しか話していないことに気がついた。
「あぁ、忘れてた。ドロシーは言語システムに異常があるんだ。話そうとしたって無駄だよ」
カナリはそう言うと、ジョッキの中の牛乳を一息で飲み干して、そのままカウンターの上に突っ伏してしまった。
「ヴィニーの奴……なんでいっつも僕の気持ちに気づかない振りをしてるんだ? 僕がまだ子供だとでもいうのか? それとも、最初から女として見てないのか……?」
カナリの落ち込みっぷりに、流石のクリスとエミリアもかける言葉が見つからない。やむを得ずクリスは、慰めの言葉をかける代わりに、話題を変えることにした。
「ねぇ、カナリ。ヴィンセントとはどういう形で知り合った関係なの?」
カナリはしばらくの間口をつぐんでいたが、やがてポツリポツリと自身の過去を語り始めた。
ーーーーーーー
カナリとその両親は数年前にハースハートに引っ越して来た家族であり、彼女の父親はワイン工場で働いていた。
しかし当時の工場の労働環境はファテイ=バトリークが暗躍する現在と比べても更に厳しく、労働時間の長さもさることながら、杜撰な安全管理故に、労働者の負傷も日常茶飯事だった。
それでも家族を養うために必死に働いていた彼ではあったが、ある日とうとう無理が祟って体を壊し、入院する羽目になってしまった。
カナリの母親は憤って企業の責任者に直談判を試みたが、責任者の姿を見ることすらできぬまま、門前払いを食らった。ウィルザードでは昔から男尊女卑の風潮が根付いており、女が大っぴらに抗議の声を上げても、誰一人耳を傾けるものはいなかったのだ。
このような状況に母親以上の怒りを覚えたカナリは、男物の服を揃えて青年の姿に変装すると、父を追い詰めた企業に復讐するための行動を始めた。
企業で働いている労働者に根気強く話しかけ、時には自身が工場に潜入して情報を集め続けた結果、違法な児童労働や給与のピンハネなど、悪質な不正の証拠が芋づる式に姿を表した。
カナリはそれらを文章にまとめて紙に書き記し、街のど真ん中で声を上げ、人々に父を苦しめた企業の実態を知らしめた。
最終的に彼女の努力は実を結び、企業の責任者たちは衛兵の手で捕縛され、牢屋行きを余儀なくされた。
しかし、この一見はあくまで始まりに過ぎなかった。
彼女の実績を知ったハースハートの労働者たちがこぞってカナリの元に自らの苦しい労働環境を訴え始めた。企業の横暴に苦しめられていたのは、カナリの父だけではなかったのだ。
労働者たちの悲痛な叫びを聞いたカナリは、彼らのために本格的な新聞の作成に取りかかった。
ハースハートの各地を自分の足で駆け回って情報を集め、企業のみならず、役人や衛兵の不正、ギャングの犯罪などを告発する記事を書き続けた。
加えて紙面上ではウィルザードに古くから根付く男尊女卑の悪習の批判や、読者から寄せられた相談への回答も行われた。
自動筆記(オートスペル)の魔法がかけられた羽ペンで大量生産された新聞は、キャラバンの手によってハースハートのみならずウィルザード中を駆け巡り、噂を聞き付けた魔物娘が各地からハースハートへカナリを訪ねに来るほどだった。
面白くないのが、不正に手を染めていた役人や企業、組合の幹部といった既得権益層である。単純な損得勘定の問題以前に彼らの様な人種、その中でも特に古株の人間は、「政治や労働といった男の世界に口を挟んでくる女は、レイプしてでも黙らせるべき」という思想を腹の内に秘めていた。
彼らは悪徳衛兵に賄賂を握らせ、カナリの動向の監視を始めた。
カナリはこれまで培ってきた情報網から、いち早く身の危険を察した。退院直前の父の身柄を母と共にグラン派の人々に預けると、自身はハースハートのスラム街に身を
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