第21話「アンラッキー・ヴィニー@」

ガラーン……ガラーン……



物寂しさをも感じさせる鐘の音が、スラム街に住む人々に、昼時が訪れたことを伝えていく。

鐘の音の出所でもある、スラム街唯一の主神教団の教会。そこの中庭に向かって、ぼろを身に纏った人々が蟻の様にぞろぞろと集まっていく。

彼らはこの正午の鐘の音を合図として、教団関係者の手による炊き出しを受けるのである。

「そこ! 割り込むな! 規律を守れないなら、昼飯は抜きになるぞ!」

オートミールの鍋の前にわらわらと群がる貧民の群れに向かって、禿げ上がった頭が特徴的な、責任者らしき小男が怒鳴り散らしている。

その男の下品な口ぶりからは、「この惨めな負け犬共を食わせるも飢えさせるも自分の采配次第だ」という傲慢な思考回路が見え隠れしていた。

だが、当のファティ=バトリークは、中庭を囲う塀の隙間から、自分を監視する目が覗いていることには気付いていなかった。



「なぁ、ジパングじゃチビとハゲが同じ字で表せるってこと知ってたか?」

コレールの呟きに答える代わりに、クリスは彼女に対して「口をつぐめ」という意味のジェスチャーを送る。こちらからは死角になっているが、塀の向こう側の割りと近い場所から、誰かの話し声が聞こえてきたのだ。




「どうした婆さん? 炊き出しの方には行かないのか?」

「へぇ。食欲がないもので……実は魔物に関して心配事があるのです……」

「何だ? 話くらいは聞いてやるよ」

「へぇ、ありがとうごぜぇます。実は、最近息子が新しい職場を見つけたのですが、そこを管理してるのが、『刑部狸』とかいう魔物らしくて……話によると、ジパングでは、狸が人を化かすのでしょう? そう考えると、息子の身が心配で心配で……」

「そいつはあまり良くないな。今度うちの方から息子を『説得』しにいくとしよう」

「へぇ、へぇ。ありがたや……」




「ふざけてるわね……」

「さっき言った通りだろう? この国の格差問題が解決しない原因は、あの連中の存在なんだよ」


渋い顔でお互いに顔を見合わせるクリスとコレールの横で、カナリが小声で毒づいた。


ーーーーーーーー

場所はヴィニー探偵事務所。時間は1時間ほど前に遡るーー。

「おかしいと思わない? 魔物娘が治めるようになったこの国に、どうしてここまで大規模なスラム街が存在するのかって」

「領主が無能なんだろ」

ドミノの歯に衣着せぬ物言いに、カナリは黙って首を振る。

「この国にはそう考える人もいるけど、僕はそう思わない。実際はこの国のスラム街に、ファティ=バトリークとその配下の連中が巣喰っているのが原因なんだ」

「っていうのは?」

コレールの口から疑問が飛び出る。

「一言で言うと、ブルーエッジ派のアウトサイダーさ。連中は最初、巡礼者を装ってこの国にやって来た。その数は日に日に増え続けて、気づけばスラム街の放棄された教会を根城にして、そこに住む人々の生活に干渉するようになった」

「魔物娘との共存を望まず、国を去った連中の中から、更に排斥されることになった人間の集まりか。あまり寛容的じゃなさそうだ」

「不寛容なんてものじゃない。連中は最悪だよ」

アラークの呟きにカナリは苛立ちを隠せない様子で答える。

「奴らはスラム街で慈善事業の真似事をする傍ら、魔物娘に関する悪評を広めて、そこに住む人たちからみかじめ料を集めてる。魔物や、その他の脅威から守ってやるっていう名目でね。そして裏ではスラム街のギャングを囲い込んで、自分たちに逆らおうとする人たちを黙らせているんだ。連中は仕事の斡旋もしてるけど、大体が法律違反スレスレの操業をしてるか、ギャングと繋がりがあるかのどちらか……あるいはその両方だ。そういう企業は昔のように大っぴらに労働者を集められなくなったから、バトリークのルートを頼って、搾取する為の人材を集めてるのさ」

「そんな……領主様は何も手を打とうとしてないの?」

クリスがそう言うと、カナリは静かにため息をついた。

「そんなことはないよ。ただ、奴らのバックにはゼロ=ブルーエッジと、彼に忠誠を誓う側近の影が見え隠れしている。1日かそこらで叩き潰すようなことは出来ないというのが現状さ」

ゼロ=ブルーエッジの名にアラークが反応を示した。

「ゼロ=ブルーエッジ……噂は聞いたことがある……素手でドラゴンを屠るとかな。その男の引き連れる部隊が通った後には、雑草一つ生えないそうだ」

「流石にそういう噂は眉唾ものだろうけど、強大な力を持っていることに違いはないと思うよ」

「彼らを恐れない人は、ハースハートには居ないのですか?」

エミリアの言葉を聞いたカナリは、押し黙って背中を向ける。握った拳が、微かに震えていた。

「居るよ……ただ一人ね。ヴィンセント=
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